2008年1月27日日曜日

国旗

 今日27日は国旗制定記念日です。日本の国旗である日の丸は、
裏であろうが逆さまであろうが同じに見えます。 屋外になびいている
旗ならば、裏表は関係ないと思いますが、屋内の壁に掲揚する時は
気を付けなければなりません。
 国旗は、大概左手に掲揚ポールがあるとして、左側からの風になび
いている形が正式図柄になる様に飾ります。 従ってその時の上部が
↑となります。 旗の左側には掲揚の為の紐や穴が開いています。
旗の繊維がほどけないようにおりかえしがあります。その折り返しが
見える側が裏です。 しかし日の丸の様な旗の話です。
 アメリカやオーストラリアの様に左上に四角く母国?(占領国?)
のマークがある国旗は、縦に吊るす掲揚の場合、裏にします。
つまり、四角い「カントン」があくまで左上に来るように掲げます。

 小生、相撲連盟にて、箒・水桶・柄杓などの備品とともに、
国旗と連盟旗を責任を持って試合にお持ちする係りをしています。
『総務委員長』がちゃんといるので、私は『雑務委員長』です。
そこでちょっと自分なりに研究してみた次第です。
中学生や高校生に掲揚係りを任すと、国歌終了にあわせて掲揚を
済まそうとして、掲揚の動きが止まったり、急にスルスルッと揚げたり
みっともないです。 私の掲揚のコツは、少し早めに揚げるつもりで
同じ速度で揚げます。 揚がりきった国旗を眺めて国歌を歌うのも
いいもんですよ。
 大会終了の時の国旗降納の時は、降ろした国旗が地に着かない様
気を付けるべきです。旗を肩に乗せて、紐を解けばよいと思います。

 日本国旗は、裏表・上下違ってもちゃんと日の丸に見える。
これは日本国民のこだわりの無さを象徴していると思います。
悪い方でなく良い方に作用する事を祈ります。

2008年1月21日月曜日

討ち入り

 今日は旧暦で言うと12月14日、赤穂浪士の討ち入りの日である。
昨年一分間スピーチなるもので話をしたんです。 トチらないようにと
前夜紙に書いて用意をしました。しかし、読むのがヘタで話が途中で
終わってしまったんです。  そこで今日はここで話たいと思います。
 御存知、浅野内匠頭が松の廊下で吉良上野介を切りつける。
何があろうと、殿中で刀を抜く事は御法度。 切腹と相成る。
しかし、納まらないのは赤穂の家来。 大石内蔵助が、世間を欺いて
討ち入りを成功させる。  そして エイエイオー (よくあるドラマ)
 私が話したかったのは、もし大石が失敗したら と言う話です。
浅野の殿様の事件が起きて間も無く、赤穂藩で公金横領事件が発覚。
犯人は、大石と同じ年寄りの大野九郎兵衛。 即刻所払いになる。
後に、『宇都宮』に隠れ住んだ形跡がある。 
 さて、もし大石が討ち入りに失敗したら、吉良は生き延びる。
そして隠居生活になる。 隠居先は、息子の養子先である、山形は
米沢藩の上杉家と決まっていた。 吉良が隠居をするために山形へ。
そのために、奥州街道は『宇都宮』を通ることになる。 そこで大野の出番
 策士の大石が、赤穂藩が御取り潰しになる前に軍資金を大野に渡し
自分がしくじった後事を託したと考えられるのでは無いか。
世間に 「討ち入りなんてしないよ」 と世間に思わせておいて、実行。
それどころか、世間が 「仇討ちをどうする」 と騒ぐ前に、大石は
「もし失敗した時は」 まで考えていた。 大変な策士である。
 と言う話です。 あーすっきりした

2008年1月19日土曜日

なんでもない風景

 今日も一日寒いけどいい天気でしたね。 朝早く一件の仕事を済ませ、
店に戻ろうと路地から大通りへ。 土曜の朝9時とあって、大通りに車は
無い。信号待ちで、道路の向こう、右斜め前のコンビニをボーと見ていた。
 コンビニ前の歩道を右から左へ四十前の女性が歩いてきた。
『コンビニに入るのかな』と見ていたら、通りすぎて前方まで来た。
その歩道を左から右へジョギングの四十男がやって来た。 
女性と男性はすれ違った。 その途端、女性が男性に声を掛けた。 
どうやら知り合いだったらしく、男性が帽子をかぶっていたので
目の前まで来るまで気がつかなかったようだ。
 にこやかに二人は挨拶を交わし、話し込んでいる。 
しかし男性はジョギングの途中なので、両足を休めることなく交互に足踏み
している。 ふと見ると、なぜか女性の両足も交互に足踏みしていた。
実際 『好意的な話し相手の仕草を知らぬ間に真似る』 ことがあるそうだ。
相手が腕組をしたら自分もしていたとか、頭を掻いたら掻いていたとか。
 ともかく話が終わって二人は別れた。  コント的には男性が右方向へ
歩いて行き、女性が左方向へジョギングして行くと最高に面白いのだが

2008年1月16日水曜日

左義長

 1月15日は左義長の日である。しかし6年程前に成人式の祝日を第二
月曜日としたことから、最近世間では左義長の開催日問題が起きている。
 15日が祝日だった頃、世間の人は、第二の正月気分でお飾りを持って
おいおい神社に集まってきた。しかし15日が平日となった場合、のんびりと
している訳には行かない。そこで、日曜か成人の日に左義長を開催する
親切な神社が現れた。 神社庁や保守派?の方は15日を守っている。
我が氏神の宮司さんも15日派であり、私も15日派である。
 去年、宮司さんに質問してみた。 「当然15日や」との説明で、イマイチ
説得力が無かった。  そこで調べてみました。 『平安の宮中で、15日に
陰陽師により行われた厄払いである』 とあった。 しかし、納得できない。
何故陰陽師は15日に執り行ったのかと言うことである。
 私には推理があります。 そもそも過去の暦と言うものは太陰暦により、
一日(ついたち)は毎月新月から始まる事になっていた。月の満ち欠けの
リズムが、人間のリズムに影響している。特に女性の体がそうである。
新月の日に新年が明け、最初の満月の15日を一つの区切りとする事が
儀式の日になったと思われる。15日満月当日と言うより、15日満月を
迎える14日の夜と考えられる節もある。 まだ研究の余地がある。
 しかし、15日説をお宮さんに伝えても、現在の1月1日自体が新暦で、
新月とは限らない所に弱みがある。 因みに今年の旧正月は2月7日です。
年によって日が変わります。多くの人が 「2月1日やから今日が旧正月」 
と思っているのが残念です。  昔からの起こり由来をなんぞげににしている
事が残念です。
 お飾りを焼く儀式が、氏子さんの出勤の都合で『ごみ焼却の日』感覚の
選択になりかねないと心配しています。

2008年1月12日土曜日

新年会のあいさつ

 年が明けると新年会の季節です。現在ひとつしかこなしていませんが、
来週から一ヶ月間、結構な数があります。
 先週の相撲の新年会でいい話を聞いたので、チョットご披露を
乾杯の音頭の時、連盟在籍で地元のチョットした企業の元社長が壇上へ
「高校時代に、近江町の○○商店の方が相撲道場を造り、さらに私達にも
稽古をつけてくれた。 何かとお世話を頂いた。 その先輩から 
『先輩に負けてもちっとも恥ずかしく無い。先輩に勝つより自分に勝て』
と教わった。昨日の自分より今日の自分、そして明日の自分。日々進化
進歩しなくてはならない」 と  その元社長はその言葉を守ったのだろう。
いい言葉だ。青春時代が遥か昔の小生にも大事にしたい言葉でもあるし、
機会があれば、後輩に伝えたい言葉でもある。
 さらにその元社長が社員に言った言葉として 
『 知恵の無い者は汗を出せ  汗を出さない者は知恵を出せ  
 知恵も汗も出さない者は辞表を出せ 』
まことに簡潔で身の引き締まるお言葉です  合掌

2008年1月5日土曜日

仕事始め

 本日5日は仕事初めです。 とは言え、お客さんのところへは所要で数件
お邪魔した程度で、本日は問屋さんをお迎えすることがメインです。
 しかし、なぜか来社が少なく、もう問屋さんにも見放されたって感じ・・・・
いやいや、土曜日なので問屋さんが遠慮した と  一人  思っています。
 と言うわけで、夕刻5時に店じまい。 最近凝ってるスーパー銭湯へ
最近時々アッチコッチの銭湯へ行きます。 我が家の風呂はタイル仕上げの
浴室で寒くて狭いんです。 ある時、広くて暖かい銭湯に行き始めて以来
凝りだした次第です。
 お客さんには 『いいよー』 と ユニットバスを売りつけておきながら、
我が家は給湯配管の修理以外、いまだにずっと改装した事がありません。 
 大変な企業秘密です。    あっ ばれたか 

2008年1月3日木曜日

三が日

 新年明け明け明けましておめでとうございます
今日はもう三日です。 もう奈良漬状態です。
年末の宿題  「来年の方針」  ウーーーーーーーン
あっそうか 来年までに考えればいいんだ
 脳みそ まさに 奈良漬状態