2008年12月28日日曜日

ややこしい?

違うてーぇ、『 ニコリ 』 じゃなくて 『 ニシコリ 』 やてー!
『 ニシキオリ 』 でもないぞ・・・・          テニスの話

2008年12月11日木曜日

ああぁ 新種発見!

 我が家で一人の「蘭」の新種大発見!!!
科学的に分類しますと   こうなります
やっ界(ヤッ・カイ) 破門(ハ・モン) 不綱(フ・コウ) 駄目(ダ・モク)
薔科(バ・カ) 低属(テイ・ゾク) 珍種(チン・シュ)  に属する
学識名 『 謝蘭 』 アヤマラン!!!!!!!!!!!!!
お部屋に置くと 『 マイナスイメージ 』 出放題!!!!
チキショーッ  結納金で買うんで無かった!!

2008年12月7日日曜日

造語

 私の母は昔から 『 貸切りバス 』 の事を 『 借切りバス 』 と言う

2008年12月5日金曜日

略語

 私の母は昔から言葉を略す癖がある。
スチュワーデスのことを 『 スチュワー 』 と言っていました。
この前も大相撲中継を見ながら 「 あら この人も 『 モンゴ 』 か 」
と言っていました。 モンゴル人は イカ か!
 そのくせ 「 オーラの泉 」 の事を 『 オーロラの泉 』 と何度も言う

2008年11月28日金曜日

そんなアホな

 この前ある講演会の受付をした。参加受付がまだ疎らだったので
隣の女性に星占いをしてもらった。 
「 この娘さんと合うけど、この娘さんとは意見が合わない 」 なるほど
当たってるわ!! そして 私はなぜか女房との相性を聞いてしまった。
「 ああっ スゴイ星! 家三軒建てるのよ!! 」   ダレが?
「 奥さんよ!! 」    ダレの?
「 あなたのよ!! 」   ウソやろ  家三軒つぶすの間違いやろ
「 何年かに一度の星よ!! 」   あのおちょこちょいがか?
しかも、女房は私の『親星』らしい。 つまり 我が家は亭主関白でいい
と思っていたが、 逆らしい。  そんなぁ あれに従えってか???
まあ男として、女房の様な天然を静かに見守るのが『男』と言うものなのか
 そう思うことにした。 翌日夕方、私は外回りを終え店に帰ってきた。
女房は入れ替わり配達と集金にでるらしい。  確かに働き者である。
それは認める。  出しな、ウロウロと携帯を探している。 またや
探す女房に、母は 「 電話して音鳴らしてみれば 」  もっともだ
しばらくして  「 車の中にあった 」 と言い残して出て行った。 やっぱり
5時とは言え、暗闇の中を出て行った。 確かに働き者だ。
 私とて、そのあと伝票整理の仕事があり、時間を費やしていた。
一時間が経ったであろうか、店の電話が鳴った。  
私が出ると、女房からであった。 「 何か用? 電話した? 」
私は身に覚えが無いので 「知らん」 と 母と代わった。 
母も 「 いやーっ かけとらん 」 と答えていた。   
その電話の向こうから大きな声で 「ああ わたしや」 と聞えた。
電話を探すときに自分でかけた時の 『 着信アリ 』  だったらしい。

 なにが家三軒や・・・・・

2008年11月22日土曜日

超常現象

 この秋、長女が一人暮らしをしたいとアパートを借りた。
努めているとは言え、普段家事をしない。
                     (三女は黙っていてもやっている)
だから、花嫁修業のつもりで独立を認めた。
 入居先は、ガス納入先のアパートの空き家である。 
       ホッ 一室埋まった
自炊しているはずだが、仕事先はアパートより我が家に近い。
よって時々家に来る。その長女が家に来るとおかずが妙に減る!
私はこれを 『 チョウジョ現象 』 と呼んでいる。
 女房は明らかに長女贔屓である。 自覚していないのが厄介だ。
アパートのガスメータの検針が月一にある。
ありえない話だが、最近は入居者に検針を頼んでいるみたいだ。
メールで部屋番号とメータ数字が送られてくる。
「おかず」 と 「検針」 の物々交換を入居者(長女)としているらしい。

2008年11月10日月曜日

緊張した講話

 土曜日早朝に講話をした。人前に出るのが苦手なこの私がである。
何とか話終えたが、女房登場のサプライズ付だった。
しかし、講話主催者の〇〇会長はサプライズ好きだ。重々知っている。
確かに、私はこの日の講話を女房に内緒にしていた。 
しかし、一週間前に〇〇会長から家に電話があり、私が電話に出る前
女房と話していた。 『 あの会長 ばらしたな 』  そうに思っていた。
講話前日 「 車を置いていけ 」 と言ったから、トラックで出かけた。
当日、一人目覚めて女房の枕元を見ると、いつも『6時』設定の目覚ましが
『5時』設定になっていた。 『 ハハ~ン 』 後から会場に来るつもりだな
そう感づいていた。 女房の登場より、その女房が人前でしゃべった事が
サプライズだった。 
 ともかく女房自身が〇〇会長にはめられた訳である!
講話後、女房は〇〇会長から朝食を誘われた。
「 いや、帰らなくてはならないし、 永く居るとボロが出るから 」と女房
分かっとるやないかーい
 翌日曜日、相撲大会が早く終わり、疲れて寝転がりテレビを見ていると、
女房が買い物から帰り 「 昼寝をしたかったのに横にいると寝られない 」
と言った。 その通りらしく、20分ほど寝付けないようだった。
「 〇〇会長から講話のお礼の本を読んで感想の手紙を書かんなんけど、
昼寝しないと読めないわ。頭に入らんわ 」と悩む女房。 
そして 「 そうや、この本読んどれば寝れるかも 」 と言ってしばらくすると
寝息が・・・・  すっげ 効果覿面や   後で聞くと2ページ読んだそうだ。
 再度本を読み始める女房。 本から 『感謝』 のカードがパラリと落ちた。
私は女房に 「〇〇会長マメやなぁ」 と言うと、 「マメやわー! 顔も
 . . . 」 

2008年10月27日月曜日

追伸

 昨日のアメラグ問題の続きです。
今晩のニュースで、県内のラグビー名門高校復活の取材を放映していた。
隣りで母親が 「 お寺さんの孫、これやっとるげろ 」
反対隣りで女房が 「 ああ あれアメリカンフットボールや 」 と言った。
真ん中で私が 「 アメラグや 」 と吐き捨てる様に言った。
女房が 「 どっちや? 」 と小声でつぶやいていた。
# だからーっ # アメリカンフットボール=アメラグ=スポーツ やて!!

2008年10月26日日曜日

合掌

 今日は日曜。私は珍しく朝から倉庫の整理!
しばらくすると、ご住職が入らした。そうか、今日はおやじのお参りの日か
そう言えば玄関も綺麗に片付いていたっけ。
 お経が終わり、住職がお茶を飲みながら世間話。
日曜とあって、私の下の娘も参っていた。 住職はご機嫌です。
女房が住職に 「お孫さん、大学院に入ったんですって?」 と聞いた。
喜びのコメントの後 「アメラグもせんなんし、勉強もせんなんし大変や」
と住職はお孫さんの事をおっしゃった。 
その『大変』の言葉に反応し、女房が言った。 
「スポーツもせんなんしねぇ」 と・・・・
私はすかさず隣の娘を見ると目が合った。 娘も同じ思いだったのだろう
『 アメラグがスポーツやないか~い 』

2008年10月18日土曜日

またやぁ

 昨夜ドラマを見ていた。横で女房が 『あっ!この人あれや!!』
(= =) 誰やぁ

 今日、『お金入らんこのお客さん、いつ入居した?』と聞くから
「12年前」 と答えると 『12年前って何年前?』 って真剣に聞くな!! 

2008年10月5日日曜日

〇教育

 今日なぜか昔のことを思い出した。 中学1年の時の事である。
クラスにマセタ奴がいた。早熟である。まわりの者はみんな奴に習った。
「〇〇陛下も〇〇する」 と聞いた時は信じられなかった。
小学校時代、我が家では、正月を温泉で過ごした。 同部屋である 
夜、両親が『うるさかった』ので私なりにそこそこは知っていたが、
〇〇陛下の話はショックだった。
 私はどうもそういう面の成長が遅かったみたいだ。
高校1年の初夏の日曜日、忘れもしない朝だった。 NHKのテレビを
見ていた。 友達から電話がかかったので話しながら何気なくテレビも
見ていた。 どう言う訳か、いきさつか、出産シーンが『まとも』に映った。
〇〇から頭が見えたと思った途端、オギャーである。 私は絶句した!
なぜ放映されたかいまだに考えられない。   更に考えられないのは、
この私が、その時初めて赤ちゃんがドコから出てくるか知った事だ。
 私は、御幼少の頃母親とお風呂に入っていた。
ある時、母親のおなかに横一文字の跡が残っていた。私は何か確認した。
母は 『お前を生んだとき切った跡や』 と言った言葉をズーーーット
ズーーーーーット信じていた。  
しかしNHKを見たあと、その跡は単なるパンツのゴムの跡である事に
気づいた。

2008年9月30日火曜日

集金

 月末には何件かの集金をする。80前後の老夫婦の御宅が在る。
いつもおばあさんが支払ってくれる。おじいさん一人の時は空振りです。
そのおばあさんも 「 もうボケてよう分からん 」 と言う。
私は 「そんな事ないわいねぇ」 と言いつつも 「この百円多いわ」となる。
最近は、ジャラジャラ出した小銭の中から 「五百と ろく ひち 八百円!
あと、いち にい 三十・・・ あっ 二円つり出すさけ もう十円もろうぞ」と
勝手に私が小銭をいらう。
 今日も集金に行った。 玄関にうどん屋の”おかもち”が
「ありゃー 今日 ばーちゃんおらんがかなぁ」 と インターホンを押す。
インターホン越に 「はぁい」 アリャーッじいちゃんや↓ 集金の旨を言う
「おーい ばあーさん」と呼ぶじいちゃん。 やれやればあちゃんおるがや
しかし 「ばーさん  ばーさん  ばーさん 」 と何度もまともに
インターホンからじいちゃんの声が外に聞える。 ねぇじいちゃん
インターホンの受話器当てたままなのでわ???  
表の道を通る人もけげんな顔をしている。
                            ヨワッタ

2008年9月23日火曜日

そんないい加減なぁ

 電話帳のCMである。石原良純が突然民家にやって来る。
「なにか困りごとありませんか?」 (おっかっこいい)
その御宅では猫を飼っていて、ふすまがボロボロであると言う。
「タウンページありますか?」 と家人に聞く。そしてふすま屋を調べる。
選択基準は御近所らしい。 (親切丁寧!良純御推薦のお店じゃないの?
まぁ適当に エイ!! と開くより良いか)
 かくして、ふすま屋さんがやって来る。 なんと良純が家の中で迎える。
(アンタはこの家の誰や??)
良純は突然やって来て、勝手に選んで、しかも支払いは家人である。
         なんやぁー いい加減なぁ

2008年9月15日月曜日

怪奇現象Ⅱ

 またまたコードレス電話の話です。 母です。
昼、仕事から店に帰ると 「なーん、私が切ったがや・・・」 母が電話中。
「話をよく聞こうとして受話器をくっつけると、ボタンを押すがか切れて
しもうがや」 と話している。 どうやら怪奇現象の意味が判ったようだ。
 しかし、受話器の持つ角度を変えると、どれだけ押し付けても 『切』の
ボタンに触らないように出来るのだが・・・・
 これは今後の進化に期待しよう。

2008年9月9日火曜日

胸のアラーム

 今朝、女房と配達に出ることになった。女房は商品を積む為、軽トラを
車庫に入れた。運転席側が狭くドアを開けたが出られない!
 「夕辺のオニギリが効いてるね」と教えてあげた。 女房は仕方なく
助手席側から出ることにした。 しかし、なかなか助手席に移れない。
「腹が邪魔なんじゃない?」と教えてあげた。
 荷物を積んだので、私が車を出すことにした。運転席側に挑戦した。
ダメだった。 助手席側から乗った。私は運転席に即移れた!このことを
当然女房に言った。  「足が短いからじゃない」 と言われた。
うーん、女房も私に鍛えられ、口だけ成長しているようだ。
 その後一緒に配達に出た。 ウルトラマンは地球上で3分が限界だ。
胸のアラームが点滅する。   私達の同乗は60分が限界だ! 
60分を過ぎると、私は必ず 「もぉう一緒に乗らない!!」 と教える事に
している。それどころか私の気持ちの中では30分でイライラ点滅が
始まっている。
 なぜか今日は60分で無事帰ってこられた。 不思議だ。
私は思った。大人になったのか、はたまた年老いたのか・・・・・・

2008年9月4日木曜日

そう言われれば

 そろそろ秋風が吹いてきました。しかしこの夏はともかく暑かった。
その暑い中、御近所の老夫婦からたびたび野菜を貰いました。 
その夫婦はいつも車で遠方まで畑を作りに行っています。 
ゴーヤ・ピーマン・ナスビ・金時草などいつもいっぱいくれます。 
我が家は大助かりです。他の農家のお客さんからも貰うことがあるので
重なります。 そんな時、他のお客である『食べ物屋さん』にあげます。
とっても喜ばれます。
 ところで今日、その老婦人からありがとうと言われた。 
どうも女房がお返しに、料理をあげたようです。 
時々あげていたみたいです。
お礼ついでに『料理上手な奥さん持ってしあわせやねぇ』 と言っていた。
 そうかそうなのか  どうもそうらしい  私はしあわせなそうだ
言われるまで知らなかった ぜーんぜん知らなかった(ナンテうそですよ

2008年8月25日月曜日

宿泊大会

 23,24日の二日間に亘る大会に行ってきました。
宿泊は主審担当の3人の後輩達と同部屋でした。同じ地区から来た
彼らは、仲も良く、熱心で今後頼もしい存在です。
 私も長老の部に入ったんだなー と感じた次第です。 よって部屋の
冷蔵庫の使用料は私持ちです。 チョット偉くなった気分です。
 大会も金沢市の中学二校が優勝と3位と好成績でした。私も夢叶い、
団体と個人の決勝を裁かせていただきました。来週のNHK録画放映が
楽しみです。
 我が家に帰り「仕事が溜まっているのでは?」と、恐る恐る電話受付帳を
見る。 何も無い!! ホッとするやら悲しいやら・・・・・

2008年8月20日水曜日

全国中学校選手権大会

 今月は世界一を決めるオリンピックが行われている。
期待されるメダルを取れない人。期待されずにメダルをとる人。
皮肉なものである。
 日本一を決める競技の一つとして、国体がある。 地元石川では、
平成3年に開催された。 小生、相撲競技の主審(行司)として参加を
目指していたが、資格が間に合わず見物人となった。
 今年、中学生の国体に匹敵する全国中学校選手権相撲競技が、
石川県七尾市で23,24日の二日間に開催される。 小生主審として
参加します。 毎年色々な大会(15,6大会ほど)に参加しますが、
すべて一日で終わります。 (だから仕事持ちでも参加できるのですが)
今回、国体の様に二日に亘る大会が楽しみです。 初日の晩の宿泊が!!
春から楽しみにしていました。 
 家族には「二日間の大会だから致し方無い」と真面目な顔で説明します。
しかし楽しみです。何を悪さするわけでも無いのですが修学旅行気分です。

2008年8月16日土曜日

黙祷

 今年の甲子園(高校野球)はオリンピック放送に隠れ気味です。
しかし毎日熱戦は続き、8月15日は例年通り正午の黙祷があった。
高野連の指示とは言え、選手達はサイレンに合わせ黙祷していた。
今の世の若者たちの中で、60余年前アメリカと戦争していた事実を
知らない子が居るとか! 『えっ?で どっちが勝ったの?』 だとか・・
 高年齢の遺族会が成り立たず、そろそろ解散と言う年代になって来た。
現代っ子の高校球児の坊主頭の黙祷が頼もしく思える。
 高校野球の開始・終了のサイレンは昔からの空襲警報のサイレンだ。
そう思っている人は何人いるだろうか。試合開始時の奮い立つ応援の音。
終了時の熱戦に決着がついた時の切ない響きと思っているだろう。
 よく、日教組が日の丸反対を謳っている。忌まわしい過去の戦争を蘇らす
と言う意味で反対だと言う??? 高校野球は教育の一環だと言われる。
そんな中、サイレンは忌まわしい過去を彷彿させるから反対!と言う声は
聞かれない。  ましてや、チームがヒットを打ってチャンスが巡ってきたとき
応援団のブラスが演奏する 『進軍ラッパ』 を日教組は何も言わない。
戦後の戦勝国にとって、戦時中に日本軍が征服しにやって来た時の
『進運ラッパ』 は 国歌 『君が代』 以上に忌まわしい音楽のはずだが
 
 

2008年8月13日水曜日

配給

 今年も終戦記念日がやってきますね。今年は戦後63年ですか。
しかし、いったい何時まで戦後、戦後と言っていられるのだろう。
今の日本は平和だ!隣国に島を盗られようとしていても関心が低い!
そろそろ将来、今の時代の事を『戦前』と言うことにならねば良いが・・・

 いわゆる60余年前の戦時中や戦後、物不足だった。
大事な物資は『 配給 』 であった(そうな)  
列に並んで 『 配給 』 してもらう(そうな)
 話が変わるが、子どもの時、姉と話していて、「 いったい家の両親は
見合い結婚か恋愛結婚か 」 と愚問を考え出した。
そばに居た父に聞いた。  父は 『 配給や 』 と一言答えた。
 私が大人になって、その時の父の切ない一言の意味深さを感じた

  今年は父の20年目のお盆である

2008年8月10日日曜日

タイトルは水もれ甲介

 我が家はケーブルテレビを引いている。数あるチャンネルの中に、
昔懐かしい番組の再放送があった。 
このブログのタイトルのヒントになった 『 水もれ甲介 』 である。
 石立鉄男演ずる「おちょこちょいだが人情味が在り、なぜだか女に
もてない男、 三ッ森甲介」が織り成す、下町ドラマである。
甲介は、名人と云われた水道工事の父の後を継いだ。 『十ヶ所直せば
十一ヶ所から水がもれると、先代からの従業員にもバカにされている』
 実、私も二代目である。大学を出て我が家に就職した。前途明るかった。
しかし、それはほんの二タ月程だった。 今も万感が残る。 全力投球せず、
そこそこで生きてきた原点かも知れない。 
 ドラマの甲介は、失敗だらけだけど懸命に生きている。再放送で、当時
気づかなかった事を知った。 そろそろ見習わなくては

2008年8月5日火曜日

怪奇現象

 金沢では、7月28日に水害がありました。その騒ぎの対応に明け暮れ
気が付けば、もう8月5日です。  8月と言えば怪談話!!  
我が家にも怪奇現象がありました。
 零細企業を営む私はほとんど外回り。女房も担当の仕事で外回りです。
母親の仕事は留守番。 電話番です。 そろそろ80を迎える歳ですが、
10数年前に導入したコードレス電話の利用方法を最近マスターしました。
つまり、テレビの横でやたらでかい声で話す事無く、隣の部屋に行きます。
歳相応に、声がでかい割りに耳が聞えにくくなっています。 
日中、お客さんの電話の内容を聞き逃すまいと真剣です。 
 母親は、最近二度ばかし 『 お客さんの話をよく聞こうとすると電話が
切れる。 大事な部分になると切れてしまう 』 と女房に言っていた。
怪奇現象だ!!と言わんばかりに不思議がっていた。
 しかーし 私は即理由が判った。  電話の話が聞えにくく、聞き逃すまい
と思うあまり、受話器を耳に押し付けるから、ホホ骨で 『 切 』 ボタンを
押してしまうと言う事を!!!!
 母にこの種明かしはまだしていません。 なぜなら、暑いこの夏を涼しく
過ごして頂きたいから・・・・・

2008年7月29日火曜日

ブログアドレス

 水もれ日記のアドレス「dodomeki」は我が家の在る町の旧町名である。
名前の由来は 「水の音」 どよめく とどろく と言う意味の 「どどめき」
である。 町内に、用水が滝の様に落ち、川となる滝つぼがあった。
四六時中 どどどどど と音を立てていた。 子どもの頃、覗き込むと
怖いくらいの迫力だった。 何年も前、ふと気がつくと音がしなくなっていた。
用水の工事の時、落差を無くした為である。 どどめかないどどめきである
なのに、某市長は旧町名復活に積極的である。
 大雨が降ると、道路脇の側溝からの水が 「元滝つぼ」 になだれ込む。
その時だけ どどどどど と音を立てる。 懐かしい音がする。

2008年7月18日金曜日

再発行

 三女が保険証を紛失した。病院に行くのに都合が悪い。それより、
身分証明書にもなる代物だから、チョット不気味だ。
小切手・手形やキャッシュカードの紛失なら停止するところだが・・・
 女房が役所に再発行の手続に行った。気持ちは判るがイキナリ
『前の保証書が道で拾われたらどうなるのでしょう』 と窓口の人に聞いた。
『さぁー  成るようにしか成らんでしょう』 と言ったそうだ。 銘回答だ。
数多くの来客を相手にしている余裕か。

 そう言えば小生が学生の時、宇ノ気の友人と大阪の友人で、和歌山の
友人の山小屋に泊まりに行った。 和歌山市郊外の山の中にある。
楽しく過ごし、翌日山を下りた。 麓の町で道がわからなくなった。
助手席の大阪が 『アコ歩いとるオッサンに聞ぃてみぃ』 と言った。
運転手の宇ノ気がイキナリ 『コッチ行ったら帰れますかぁ』 と聞いた。
『おまえ ドコ帰ぇんねん』 とつっこむ大阪。  もっともだ。
純朴な和歌山のおっさんは目を丸くしていた。

2008年7月14日月曜日

次女と燕

 次女はおちょこちょいで、いつもまわりの人に迷惑をかけている。
しかし、いつもまわりの人から助けられる不思議な娘です。
 我が家に、去年初めて燕が巣作りしたことをお話しましたが、今年春に
なる前に、巣が落ちてしまいました。春になり、戻ってきた燕が、巣のあった
車庫で右往左往していました。新たに巣作りをする様子もありません。
 次女が6月第1週に、留学先から帰国した訳ですが、なぜかその頃、
車庫に燕がやって来るようになりました。私はこの時不思議に思うように
なりました。燕と次女の関係です。
 次女が我が家に久しぶりの帰宅する頃、燕は巣作りを始めました。
今年の燕はへたくそで、床に落とす泥の方が多く、結局巣作りは諦めた
ようです。
 次女は6月半ば、一週間ほど滞在して、大学のある大阪に帰りました。
燕もいなくなりました。
 娘は7月から大阪でアパートを借りることになり、必要な荷物の仕分けに、
再び我が家に来ました。7月1日の夜中です。相変わらず列車を間違えて、
真夜中の帰宅です。 なんとその前日から燕が車庫に来ているんです。
3日間仕分けで滞在していた娘が、また大阪に帰ることになりました。
女房が朝、車で駅へお見送りです。車窓から手を振る次女。そのまわりを
燕が飛ぶ。いつに無く、狂ったように、紙ふぶきのように車庫を出入りする燕。
 私は、この車が駅から帰って来たら燕はどうするのだろうといぶかった。
案の定、それ以来燕は車庫に来なくなった。たまに電線に停まっているが、
車庫に入る様子は無い。

2008年7月9日水曜日

啄木鳥

 今朝ブログを書こうとパソコンがある縁に行くと、三女が既に使っていた。
庭にキツツキが来ていると三女が言った。 まさか! 庭を良く見ると、
すずめと共に コココココン コココン と木をつつくキツツキがいた。
 私はブログが出来ないので、しばらく鳥を見ていたが、乱れた机を整理
しようと思い立った。 少々片付けると、古い手帳が出てきた。ほとんど
書き込みが無い。しかし、パラパラ中を見ると自筆の文字が・・・・・
『常に健康に留意し、人の役に立つこと。 その為に規則正しい生活をし、
無茶をしない。 計画を立て実行する。 良い事の習慣づけをする』とある
 おおっ こんな立派なこと書いとる! 去年? 一昨年?? 
いつ書いたっけ?????  こんな事
 コココココン コココン 庭にはキツツキが そして家の中にはウソツキが

2008年7月7日月曜日

下宿生活

 日曜に、大阪のアパートに入居した次女の所に荷物を運びに行った。
2年の海外留学を終えて6月初めに帰国しましたが、しばらく先輩の所で
厄介になっていました。 去年の一時帰国の時も、その先輩の所で
2ヶ月ほど厄介になっています。 この7月から借りたアパートは、以前の
アパートの大屋さんの所です。 「娘さんに借りてもらえて嬉しいです。
他人とは思えない」 と言ってくださり、偶然空いた部屋を提供して貰った。
冷蔵庫・洗濯機・ガスコンロ付きのお徳部屋である。
以前あれだけ迷惑かけたのに・・・ なぜか人に助けられて生きています。
 前にもお話したように、次女の顔は私似ですが、性格は女房似です。
おちょこちょいです。 入学したての頃、自転車ごと溝にはまり、服を汚し
ました。クリーニング屋に汚れ物を預けての帰り道、また溝にはまり、
またまたクリーニング屋へ行き、笑われたそうです。
 このブログ制作中にまたもや次女から『悩み相談』の電話だ!
部屋付きの全自動洗濯機が動かないとか・・・・・
「自分で水はったからかなぁ」 「えっ?それ全自動やろ?ボタンひとつで
いいのに、ナンデ水を張るん??」  朝早いから、大屋さんにはまだ
迷惑だからパソコンでメーカー機種を検索してエラーの対処することを
指示した。 とその時 「動いたー 直ったー」 と叫んだ。 
「品番調べようとフタを閉めたら動いたワー」  「フタ閉めたら???」
全自動なのにフタを開けたままなら動く訳無いやろー
フタあけて電子レンジを使おうとしてるようなもんだ
 まぁーよく一人で海外へ行き、帰ってこれたもんだ  不思議な娘である

2008年7月4日金曜日

講話Ⅱ

 昨夜相撲の講話をさせて貰った。3月の講話の時とは別の会で、
K夫人のお世話で 実現した。 (^^)サンキュウー
3月の講話はちょっとマニアック過ぎたと思っていたので、今回は気楽さを
モットーにお話しました。お酒を飲みながらの講話なので「質疑応答」に
時間を割こうと思っていた。 最も「相撲と言えば大相撲、大相撲と言えば
土俵と横綱」 と言う事で、最初に「土俵と横綱」について話をした。
 しかし結局講釈を垂れてしまって時間が過ぎた、が、自然と質問が出始め
途切れなく質問は続いた。 
 よく他のセミナーで 「何か質問はありませんか? 無ければ終わります」
と言って終わることを思えば、質問をさえぎっての終了は結構盛り上がった
と言って良いであろう。  しかも、終わってから皆さんに 「楽しかった」と
言われ、相撲の話が役立ち大満足です。

 今朝、女房がモーニングお茶を出した。湯のみは歴代横綱をプリントした
湯のみ茶碗である。 「あっ そう言えば、夕べKさんが 『64代横綱は
名誉を傷つけたと思いませんか』 と質問したけど、 64代が誰か
思い出せなかった。 『65代は貴乃花、63代は旭富士やろ? 
あれっ 64代??』 と思い出せなかった。」  と女房に話した。
「あるある!!思い出せんこと。 ある!そんな時」 と今朝の女房は
妙に同調的だった。
あぁ これからは二人の話題、意見が合うのは健忘症の話だけか??

2008年6月27日金曜日

 以前ブログに片町の三バカ大将の一角が入院した事を書きました。
その友人が今日未明に亡くなりました。 
病気は完治せずとも、必ず生きて退院してくれるものと信じていたのに。
夕方、もう一人の友と彼の自宅に行きました。 
月曜日に見た、集中管理室に居た顔とは違い、穏やかな元の顔でした。
まだ彼がしゃべれる時、長引く入院生活を辛いとか嫌になったとか
そんな事一言も言わず、ただ 「この病室は夏は暑そうだ」 と言った。
本人は生きて出る気持ちは十分あった。
だから私は安心して、「退屈そうだからまた来るわ」 と言い
彼は 「おおっ」 と答えた。
これが最後の会話だった。
他の人が同じ病状で入院中だったら、きっとグチを言い、
誰もが慰めの言葉をかけるしかなかったろう。
以前のブログの私のおバカな発言を反省するとともに、
この前向きな友人を誇りに思った。
明日は一人ぼっちになった、彼のひとつぶ胤の小六の息子に 
「誇りに思って生きろ」 と伝えてあげよう。

2008年6月22日日曜日

冷蔵庫

 今年は空梅雨ですね。でも暑くて湿気もある。賞味期限の食べ物も
安心できません。冷蔵庫も過信できません。ドアパッキンが古くなると
隙間ができ、冷気が逃げて、電気代のムダや食物の傷みに繋がります。
 このパッキンの隙間を確認する方法をテレビでやっていた。
名刺の様な薄紙をドアに挟んでみて、ストンと紙が落ちると隙間があると
言う事になる。 わが女房、早速紙切れを持って自宅の冷蔵庫に挑戦した。
横で見ていてビックリした。ドアをサッと素早く閉めるのである。
いつもボーッと庫内を見つめている者が、素早くドアを閉めている!
しかも、自分一人でやっているのに、紙を持つ手を挟まれぬ様に?と
紙をパッと離す。 だから紙は床に落ちたり、庫内に入ったり・・・・・
そんなことして、紙挟める訳ないじゃん    
その人は気づかず、何度もなんども「あれっ?アレッ?」と繰り返していた。   
まるでライオンやワニに餌をやっているようだった

2008年6月14日土曜日

用心棒

 昨夜会議があった。その後打ち上げの飲み会となった。
2次会3次会と進むにつれて、後ろを振り返るといつの間にか人数が
減っていく。 そしてついに用心棒さんと私だけになった。 
2年前を思い出した。 私だけがハマッた。
今朝、女房から 『だらやー』 と言われた。 
昼、昨夜欠席のお方の所へ用事で行った。 
そして『昨夜も会議お疲れさん』 とねぎらいの言葉を貰った。
「疲れたわー  最後は用心棒さんと一緒だった」 と言うと
『そりゃぁ 大変や』 と真顔で言われた。
用心棒さんといると非常に楽しいのですが、必ず二日酔いになります。
でも用心しなければいけない人だから用心棒さんと言うのでは
決してありません                     (誤解無く)
時代劇を見ていると、用心棒の事を『先生、先生』と言っているからです

2008年6月12日木曜日

水着

 『泳ぐのは僕だ』 と言った水泳選手。 無事、オリンピックには契約社の
ミズノ社では無く、スピード社の水着を着ることになった。
 水の(ミズノ)抵抗が無くてよかったね

2008年6月9日月曜日

自転車

 昨日は、年に一番大掛かりな企画・開催の相撲大会を無事終えた。
御協力して頂いた方、感謝します。 
 ところで、親しい先輩から労をねぎらってやると、居酒屋に誘われた。
大会会場の後始末があったので、先輩を待たしていた。そのお店は、
いつも散歩するところに近いので、歩こうと思ったが、先輩が待っている
ので、自転車で行くことにした。 飲んだ後自転車で帰るつもりだったが、
その店からタクシーで二次会に行ったため、自転車は 『お泊りとなった』
 翌朝、散歩を兼ねて自転車を取りに行こうと思っていた・・・が、
お酒の余韻で断念! 女房に、自転車を置いた居酒屋まで車に乗せて
行って貰う事になった。 私は助手席におとなしく乗った。 
「お店どこ?」と女房。 「その信号を右に曲がって、裏道に入ったところ。 
その道を真っ直ぐ行くと家に帰れる」 と私。 
珍しく女房は言うとおりに右折した。   
  が! 車を停めてくれない。 「停めてよ」と言うと 「あっ」 と答えた。 
どうやら、私を乗せたまま家に帰ろうとしたようだ。

2008年6月2日月曜日

ユーモア

 私の次女がそろそろ留学先から帰国する。誰に似たのか次女は結構
おっちょこちょいである。 でもユーモアを持つところは私似だと思う。
 次女からメールが入った。 「今日本へ持って帰る荷物の整理中。日本の
6月気候はどうですか 長袖いりますか」 と書いてあった。 ほぼ2年間の
海外暮らしとは言え、日本の気候を忘れたのか?
 返信しました 「お前は何人や」 と   返事が来ました 「ニンジンや」
さらに 「ごめん、おもしろいの思いつかなんだ」 とあった。
さすが我がユーモアの愛弟子、気を遣っとるわい。
 でもいいんだよ、師匠の私も先日の朝の勉強会で言われたんです。
いつも遅れて来る、無精ひげのメタボさんに 「いまの面白くない。
高校相撲並や」 と  つまりユーモアのレベルが低いと言う事である。 
私は 「大学相撲になれるよう頑張ります」 と答えた。 何の勉強会や?

2008年5月27日火曜日

映画鑑賞

 ブログを始めてそろそろ10ヶ月になる。当初、知り合いのブロガーの
ブログが『名前』で検索できる事が敬服だった。 
2,3ヶ月経っても自分のブログは検索出来ない!! 諦めた頃から
ブログの内容も相撲から女房ネタに変わってきた。周りの人に受けた!
だからお調子に乗り何度も女房ネタを書いた。 しかし何時までも
我が家の不幸で笑いを取る訳には行かない。
それに、最近 『水もれ日記』 で検索に引っかかるようになった。 
半公共性をおびてきたと言う処か!! へたな事は書けない!!
 と言うわけで、久しぶりの女房ネタです。(^v^)
 平日の昼間だと言うのに女房は映画を見に行った。 
マッ たまには良いか 行った映画の題名は 『能登の花ヨメ』  
因みに私の女房は 『能登から来た花ヨメ』 です。
女房は同級生と見に行きました。 映画の内容は能登が舞台で、
能登の風景や能登の人たちが出演しています。
 映画が始まって、話の途中で女房が 『あっ』 と声を出したそうな。
隣の同級生が 『どしたん?』 『あぁ 今私の同級生が映っとってん』
隣の同級生がしらけた。 映画に映った人が女房の同級生と言う事は、
隣の同級生にとっても同級生と言う事だ!!
どうして 『ねぇ 今〇〇ちゃんが映っとったよ』  と言えないかねぇ

2008年5月24日土曜日

改名

 私が四半世紀お世話になっている 〇〇 さんと言う人がいる。
〇〇接××を経営している。
 先月、5月から 『××』 を 『××』 にするから勉強会の登録
変更しといてねと言われた。 その仕事内容にこだわりがあるらしい。
早速事務担当者に連絡した。 しかし、他の会に連絡し忘れた。 
〇〇さんはその他の会で、前の『××』 と呼ばれたらしい。 
早速私に『変わっていない』と言ってきた。 私はウッカリしていた と
「訂正しておきます」 と言ったが、『自分で訂正した』と言われた。
』と『』の違いだが、ともかくこだわりがあるらしい。
 先日〇〇さんの仕事場にお邪魔した。用事を伝えると、『チョット待て』
と 電話をかけた。 何か確認したかったらしい。
『もしもし、〇〇××ですけど』 と〇〇さん。  『おお、5月だから
新しい名で電話しとるは、さすがこだわっとるは!!』 と感心する私。
 用事は解決したらしい。 電話を切った と そこへ〇〇××に
電話がかかってきた。 『はい、〇〇××です』
   ウーン まだ慣れてないみたいだ

2008年5月22日木曜日

表彰

 本日、お仕事の総会があった。いつも出席しないのだが、表彰される
と言うことで、出席した。  優良業務主任だそうだ。
つまり、まだ生きてたの? まだ居たの? と言うことか。
 いろんな対象の表彰者が居た。 しかし気になることがあった。
呼ばれても、誰も返事しないのだ。 ましてや、壇上の日の丸や協会旗に
礼をしないのだ。  最近、倫理をかじる私は 『自分の名が呼ばれたら
元気良く返事するぞ』 と思っていた。 実際、10人返事なしで進んだ。
ところがである。 私の二人前の人が 突然 『はい』 と言った。 
一つ前の人もまねをして返事した。  私も当然返事した。 
会場の人は、 先の人が返事したから 私も返事したとでも思っている 
だろう。  トホッ  ともかく、賞状と記念品を貰って席へ戻った。 
しばらくすると携帯のバイブがブルブルと・・・
『ありゃー 仕事かな?』 見るとメールだった。 『だっりゃ?』 
同業の同級生だ。 『なかなか凛々しい姿でした(拍手)』 とある。
『おっ 会場に居るんだ』 緊張した私の顔がほころんだ。
 又しばらくすると、携帯がブルブル ・・・
またか!?  今度は画像を送ってきた。 『おっ 私が賞状を受け取る
姿でも写メったか??』    パラッ  パラッ  パラッ  
画像が三分の一ほど表示された時、思わず声を出して笑いそうになった。
昨年の温泉で、酔ってふざけて (これ以上説明出来ません) 撮られた
私の写真だった。 静かな会場で、一人肩をゆすって笑いをこらえた。 
後に並ぶ、他店の 『優良販売員』 のお嬢さんたちは、前に座る不信な
おじさんが不気味だったろう。

 

2008年5月19日月曜日

60周年同窓会

 週末、母校の60周年同窓会があった。たーくさんの人達だったが、
同級生は10人ほど、あとは学年が違う人達だ。 
おまけに立食パーティだから落ち着かない。
 乾杯の後、芸妓の踊りがあった。 金沢には古くから、お城のある
中心部から、西と東へそれぞれ川を渡った処に二つの茶屋街がある。
 横にいた同級生は 「西かなぁ?東かなぁ?」と聞いてきた。 失礼な
いくら 『きれいどこ』 でも、貧乏人の私には 冷奴みたいなお名前の
お方とはご縁はない。 そこで私は言ってやった 「姿や踊りで西・東の
区別はつかぬが、おぼくさんの盛り方で判るかも??」
 金沢は浄土真宗が盛んである。  合掌

2008年5月16日金曜日

穴が無くても入りたい

 私の属する勉強会は、毎週幅広い分野の講師をお招きする。
5月の5週すべて、超著名人だ。
 ならば多くの人に聞いて欲しいと、多くの非会員にもお誘いをかける。
会員のOさんの会社の社員は、第1週、2週と毎回4人出てきている。
第3週前々日、私はOさんと出会った。そこで私は 「毎回社員さんに
出席していただいて有難うございます。Oさんも今週如何ですか?」 と
お誘いをした。 Oさんは1,2週欠席だった。
 「ははは、 はいはい」と優しく答えていただいた。 『やった!OKだ』
早速自宅のパソコンを開いて 出席『予定』の入力をしようとした。
画面を見て凍りついた。 「こっ これはーーーーーっ」 私の驚きは
『 星飛雄馬 』並みだった。
 Oさんは確かに1,2週欠席だが、3週から5週まで すでに出席『予定』
が入っていた。  つまり今月前半は出張か何かで欠席だが、後半は
必ず出席しますよ、と連絡が入っていたということである。
 なのに、私は偉そうに 「出席なさいませんか」と言った・・・・・
しかも、この会の元 『初代会長』 のOさんに・・・・・・・・・・・
 第3周当日、トイレから出て行くとバッタリOさんに出会った。
挨拶したが、私はトイレに隠れたくなった。 そして脳裏にあの優しい
『ははは、はいはい』と言った笑顔が浮かんだ。 さすが初代会長は
大物だ。

2008年5月14日水曜日

あずきバー

 今朝の新聞に、井〇屋製菓のアイス値上げの記事が載っていた。
原材料高騰につき、10~15%の値上げだとか。
しかし、売れ筋の 『あずきバー』 だけはそのままにしたいとか。
 いうじゃない!! 人に相談せずに小ぶりになって久しい。
元の大きさに戻してくれーーっ

2008年5月10日土曜日

おトイレ

 我が家のトイレは2箇所ある。店舗脇(表)と家の奥にある。
奥のトイレは裏の町内の借家と接している。便器に座ると、背中の窓の
外がその借家の小さな小さな庭である。
 その借家の住人は頻繁に変わる。独身らしき人、家族持ち等等
独身は静かである。 居るか居ないか? 家族持ちはスグ赤ん坊の声で
判る。 
 独身は庭には出てこない。 しかし、子供が居るとどうしても縁のサッシ
を開けて出てくる。 洗濯物を干したり子供をあやしたり・・・・・
 結構コレが困るんです。  トイレの窓を開けられない!!!  
せっかく狭い狭いトイレに駆け込んでホッとした瞬間 後ろで話し声が!!
『アリャぁー』 と何も悪いことをしていないのだがソット身を潜める。
ソットきばり、ソット『弱』で洗い、そっとペーパーを取る。 
しかし出る前に 『ジャーッ』 と勢い良く流さなければならない。
流さないと 『同居人』 に叱られる。
うっかり窓が開いている時に入って、人の気配を感じると・・・凍ります
 以前ドイツ人が居た。 「リッヒィ イッヒィ・・・」と言ってた。
今の裏の住人は 「フェイ フェーイ、リーン リン。トントーン ラーンラン」
と言っているから中国人だろう。 しかし臭さは万国共通だから気遣う。
 女房も一緒らしく、私がトイレに飛び込んだら窓が閉まっている事がある。
ハッキリ言って く〇い  最近ある人が 『夫婦はお互い様』 と言ってた。
けんかを避けるコツだそうだ。 『お互い様かぁー』と思い、鼻をつまみ
口で息をする・・・・   口を開けながら気張るのって結構下腹部に効くよ

2008年5月3日土曜日

映写会

 ゴールデンウィーク後半始まり。NHKで懐かしの映画『椿三十郎』を
見ました。 御幼少の頃映画館で見た、黒澤こだわりの白黒作品です。
 私は大変相撲好きです。 大学の頃、大相撲名勝負の8ミリフィルムを
買いました。 映写機も無いのに・・・・・  後々、業者にビデオテープに
ダビングしてもらいましたが、今やDVDで販売される時代です。
 そんな時、ふと若き日の事を思い出した。   私は大学卒業後
我が社に就職した。しかしその年末、訳あり、異業種だが骨を埋める
つもりで転職した。 家族的な会社だった。 二組の夫婦従業員がいて、
他には女性従業員が5,6名いた。 小売業である。
 私がその会社になれた頃、従業員達だけで親睦会があった。一組の
夫婦従業員のお宅に集合した。 酒も進み、テーブル中央のビール瓶や
お皿を片付け始めた。 そして映写機を置いた。 さっきまで居た
そこんちの子供はいつの間にか階下に追いやられていた。
 壁に『銀幕』の代わりのシーツが張られた。 電気が消され、映写機が
カタカタ鳴り始めた。 映画の冒頭に、女神やライオンやスポットライトは
出てこない。 つまり極ありふれた?『青色フィルム』だった。
 純真だった私は「ありゃ アララララーッ おおーっ」と心の中で叫んだ。
私の 『二十四(当時の年齢です)の瞳』 は爛々と輝いた。 
 そんな時、階下からそこんちの子供が突然部屋に入ってきた!!!
慌てて映写機を止める亭主。銀幕と子供の間に立ちふさがる女性店員、
子供に無理やり回れ右をさせて優しく階下に連れて行く母親。
 見事な連携プレーだった  (-_-)
 
  
 
 
 
 

2008年5月1日木曜日

うっかり

 今朝勉強会の帰り、Wさんと話しながら会館の外に出てきた。
横断歩道を渡り、向かいの駐車場へ。 話は私の仕事のグチだった。
そろそろWさんの車が近そうな態度だったので、話を上手くまとめた。
「それじゃ!」と挨拶して自分の車を探した。 が、  無い!!
「あっ 今日自転車で来たんだった!!」 私は来た道をとぼとぼ戻り、
会館脇の自転車にまたがった。
 長嶋茂雄が試合が終わって、連れてきた息子を忘れて帰宅した事が
あったそうだ。 家に入ると奥さんに 「あら 一茂は?」 と言われ
やっと気がついたそうだ。 それよりマシだ・・・ましだ・・・ニョウボウより・・・

2008年4月29日火曜日

封筒

 週末、親戚の結婚式でお会いした方と名刺交換をさせて頂いた。
名刺を頂いた方に手紙を書く習慣が最近出来た。いつもは葉書だが、
祝辞を頂いた方なので便箋にした。 ところが封筒が無い。小さい。
いつもなら仕事用の茶封筒で済ますのだが、来賓の方なので、白封筒
を買いに行った。
 文具屋の奥にレターコーナーがあった。 「おっコレコレ」と手にすると
お花柄だった。 『相手』を想像したらちょっとキモカッタ・・・・・
隣りの封筒も花びら柄だ。最近の封筒って『私の様な』白は無いのか?
青空模様が目に付いた。 「相手が男性だからコレで良いか」 しかし
寸法が合わない。 家の引き出しに一つあった封筒と一緒だ。
三つ折にした便箋を更に半分に折る訳にはいかない。
 すると後ろから 「白をお探しですか?」との声が!  
最近の習慣で 「はい!」と 元気に振り返った。  
店員サンだったが、よそを向いている。 
どうも後から入ってきたおじいさんも、封筒を買いに来たらしい。
なんたる偶然。 と言うより、店員の声に反応した自分がみじめだ。
注意力と反射神経の衰えか!! 年を少し実感した。
春なのに晩秋の気持ちになった。

2008年4月27日日曜日

エレベーター

 訳あって家族で温泉旅館に宿泊した。 エレベーターがあった。
そのエレベーターは行きたい階のボタンを押しても明るく「点灯」しない。
押したはずだから停まるだろうと言う、エレベーターとの暗黙の了解だ。
『戸を閉める』ボタンも無かった。しかし、『戸を開ける』ボタンはあった!
 日本人はせっかちらしいい。外国人から見て、エレベーターの『閉』の
ボタンをセカセカト押す事が理解出来ないらしい。
 その変わったエレベーターでも、2,3回利用すれば、途中の階で
他人が降りた後、閉めたい時は『自分の行きたい階を押せば良い』と
気づくはずだ!!!!!!
 しかし、私どもの家族の一人は理解できぬらしい。 他の客が途中で
降りた後、自然にドアが閉まりかけたのに  ”閉めようとして”
『戸開』 のボタンを押した。 (’0’)/
途端!! 「お¥・。、mんbがsちゅkmんbv」と長女・三女から
ステレオ口撃でまくしたてられていた。 (こまどり姉妹か?!)
気の毒に!!


 その後懲りずに、お風呂の帰りでもヘマやっていました。  =_=
 

2008年4月24日木曜日

教訓

 私が通う勉強会で頂いた『 夢七訓 』のコピーを部屋に貼ってある。
説得力のある良い言葉である。
 今朝は『 20の成功法則 』を貰ったので『 七訓 』の下に貼った。
『 法則 』の中に「 一日一回必ずやる 」と「 くり返しやる 」と言う
文字があった。
 その紙の横には、去年から貼られている女房の手書きの紙がある。
女房自身がそれを毎日読んで実行しているらしい。 
紙には 『 金庫の鍵を出す 』 と書かれている。

2008年4月20日日曜日

目的

 本来このブログは、私の仕事を通して、読者の方々に水まわりの
修理や構造について、「ああそうか、だったら自分で直せる」とか、
「自分で取り替えよう」とか、人の役に立つための発信だった。
 だが、いつしか女房ネタが他人に喜ばれ、ついついその気になった
私がいる。  しかし、話題の提供は絶えないのだ!!

 この前も、女房とテレビを見ていた。 「ああ この人、あの人や!」
と言っていた。  誰やネン?

 今日の被害者は三女でした。 娘は女房と繁華街に出かけました。
あるペット屋に入った。 今年の2月頃に生まれたかわいい仔犬や
仔ネコが、たくさんの小さなボックスに一匹ずつ入れられていた。
しかもいろんな種類がいる。 中でも一番小さい犬が、ティーカップに
入るような、 『 ティーカップ・プードル 』 だ。
 女房は興奮して、「ああ かわいいー このティーカップ・ヌードル」と
言ったそうな。  三女は速やかに他人のフリをして離れたそうな・・・

2008年4月13日日曜日

聖火

 最近ニュースで、聖火リレーの妨害の様子が流れている。
26日には長野でリレーが行われる。 日本人による妨害は無いと思う。
 海外では、聖火を奪い取ろうとする者、水をかけて消そうとする者。
仕舞いには、青い服の中国護衛隊自体が、続行不可能として何度も
聖火の火を消し、リレーを中断した。聖火の不測時に備えている種火が
あることを良いことに、『再点火』をなんぞげに思っている。
 リレーは、前者の火を受け継いで次につなげるから意味がある。
バスに乗るから火を消す。リレーを始めるから火を着けると言う感覚は
東洋的では無い。 明らかに共産主義的感覚だ。
 報道番組で、長野の聖火リレー関係者が北京オリンピックの聖火筒を
紹介していた。 『 祥雲 』 をテーマにした筒である。 
祥雲とは、めでたい雲と言う意味があるらしい。 コレは東洋的である。
 だが、そんなに妨害で火を消したいなら、リレー中断で火を消すのなら、
聖火筒は最初から火が出ないモノにすれば良い! 
『 祥雲 』 でなく 『 青雲 』 にすれば火も出ないし、煙も少ない!!

 おっ 庭でうぐいすが鳴いている。 今年初鳴きだ
 コレは我が家のめでたい兆しか! いや、泣いているのか?

2008年4月12日土曜日

デート

 先日、お仕事の寄り合いがあり、女房に送ってもらった。
車窓の外はすっかり暗くなっていた。 久しぶりのいいムードです。
 しかーし  女房が運転をしながら一言いった。 
歩道を行くアベックを目にしたのだろうか、 「最近の夫婦ってなんで
手をつながず肩を組むんやろう?」 と
 『肩を組む?』 私は頭の中で、酔っ払いのおっさんが二人千鳥足で
肩組みながら歩く姿を想像した。
 「肩?」と私は聞いた。 いや、実際は 「かぁーたあ~ぁ?」 と言った
その言葉で女房も気づいたか、 「肩でなく、腕やった」 と言い直した。
 普通間違えるか? 肩と腕と!!  デートか二人三脚か!!?

2008年4月6日日曜日

ある夕食時

 夕食時、娘が質問した。
「日航 (ホテル) ってどこにあるん? 」
「向い!! 」 とすかさず女房が答えた。
「(また) でたぁーっ 」 と私!
「なんで??日航は全日空の向いやがいね 」 と女房。
「ほんなら最初から 『日航は全日空の向い』 と言えば!! 」 と私。
 
 今回はそれだけのはなしです (-_-)

2008年4月2日水曜日

電話

 数日前の事です。私は事務所で伝票整理をしていました。
事務所には、ファックスを含め、2台の電話があります。
 隣りの部屋では、ウチのサザエさんが、レジの前で記帳 ならびに
お金勘定をしていました。   「でんわー!」 とサザエが叫んでいます。
真剣にお金の勘定をしとるから、電話に出てくれとでも言うのか。
 はて? わが事務所の電話は鳴っていません。 
「電話がかかると言う 予知能力か?!」  いやいや 
 耳を澄ますと、 すでに隣の部屋でプルルル ル と電話の音
そして、 「あっ 私の携帯やった」 とサザエの声
ややこしい 『電話の音』 を着信音にしとるからや!! 
       今日はこれだけです

2008年3月23日日曜日

お誕生日

 3月の20日は女房の、21日は三女の誕生日です。
いつも21日が「春分の日」と言うことで祝日です。
しかし今年はオリンピックのせいか、閏年のせいか、20日が祝日です。
だから今年の女房の誕生日は ”強気” です。
 女房希望の焼肉にお付き合いしました。「今日は私の誕生日だから」
朝から何回聞かされたか (-_ー)  夜、女房にお茶を頼んだら、
「あと3時間は誕生日だから」と念を押されてから、お茶を頂いた。
 ふっと次女の事を思い出した。 次女が4歳くらいだったろうか。
「今日は次女のお誕生日」と言って、女房と共に大事にした。 次女は
昔から、ボーッと夢みる女の子でした。 誕生日当日、次女の言うことを
「今日は誕生日だから」と何でも聞いてやった。 二つ上の長女が何か
口を挟んでも 「誕生日だから」と次女優先にした。 次女はすっかり
お姫様気分に成って満足した事だろう。 
 だが夢みる少女は、翌日もお姫様気分が尾を引いていた。
翌朝、女房に 「お母さんそれとって」とお姫様の様に指差して言った。 
「そんなもん自分でとるまっし!!」 と現実の母親は言いはなった。
 そのときの次女の 丸くした目が今も忘れられない。

2008年3月18日火曜日

お見舞い

 私は 『片町の三バカ大将』 を知っている。 その一人が私です。
あと二人のうち、Aと私は中学と高校が一緒。Bと私は高校が一緒です。
AとBは高校と大学が一緒です。また、Aと私の仕事の一部が同業です。
Bと私は同じ高校の相撲部、Aはその高校の応援団です。
早い話が、三色の花見団子をすり鉢で混ぜた様な間柄です。
 応援団のAは高校相撲金沢大会のあと、「なんじゃ不甲斐ない」とよく
文句を言っていた。 そのバチが会った訳でも無かろうが、去年から痩せ
てきた。 十二指腸が悪かったとの事で、治ったと言ってはいたが、夏に
会った時は、更に痩せていた。 私は 「病院替えろや!」 と言ったが、
すでに年を越した。
 2月に気になって、Aの店に行った。 店先に、北朝鮮の子供の様に
痩せたAが居た。 「明日、別の病院で検査入院や」 と言っていた。
Bに電話すると、「見舞いに行こう。でもお前一人で行くな!一緒に行こう」
と言われた。  結局、検査だけで病院には居なかった。
 3月に入って、ある飲食店の人が、「Aさん入院したよ。お袋さんも同じ
病院に入院しているんだって」 と言っていた。 へぇーっ 翌日Aに確認の
電話をした。 「お袋は上の階に居る。ともかく退屈だ!」と言っていた。
 Bと見舞いに行くことにした。 Bに電話した。 「おい、Aもお袋さんも
同じ病院に入院したって。 お前、お袋さんの所に見舞いに行け! 俺は
Aの所に見舞いに行く!!」 とワザと言った。 いつもの様に 「ハッハッ
ハッ」と黄門様よろしく笑うかと思いきや、 「だら言うとんなや~」と元気が
無い。 不思議に思っていると、「今日おやじが死んだがやぁ」 だって
「ありやぁー知らんこととは言え、バカ言ってすまん!!」
 お見舞いの話がお悔やみに変わった瞬間でした。 

2008年3月16日日曜日

初講話

 今日、私の大好きな相撲の話を、ある会で講話をさせて頂いた。
その会に呼んでくれた越さんありがとう。そして、聞きに来てくれた私設
”喜び組”のAさんKさん超ありがとう。
 考えて見れば、聴講者の前で相撲の話をするのは初めてです。
仕事のお客さんでも、私が相撲に携わっている事を知る人は少ない。
何故ならば、「相撲にうつつを抜かしている間に仕事に励め」と言われる
事が恐かったのかも知れない。 増してや、相撲仲間以外に相撲連盟の
役職や段位なんて口外したことが無い。「相撲〇段じゃ無くて冗談でしょ」と
言われるのが落ちだからだ。
 しかし今回、越さんの要望でお話する事に応じた。時間配分に失敗して
伝えたい事が半分だったが、もう一度残ったお話をして欲しいと言われた。
少年時代の夢が叶ったと思いました。好きな相撲の話で役に立つ!
 私は高校を卒業したら、大好きな相撲に携わる『相撲博物館』に就職を
希望しました。しかし、相撲協会縁故者に限ると言う条件で、親戚に相撲
取りも居ないので諦めました。 私は「相撲の資料に囲まれて、資料整理を
したり、痛んだ錦絵や古文書を修理したり、新しい事実を発見したりしながら
黙々と、粛々と日々過ごす」のが夢だった。 このまま、講話で過ごせれば
最高だ。しかし、現実は厳しい。
 講話終了後急いで大工の『現場』へ。本日の作業!一日中床下で配管 。
モグラ叩きみたいに、出たり入ったり。 合間を見て、聴講の方にお礼の
メールを打つ。ありがたい返事のメールに感謝・感謝!!
 その中に女房のメール「講話終わった?どうやった?」ありがたい話だが
「今床の下」と返信すると、それに対し「講話失敗したから恥ずかしくて床に
隠れたか!」だと 。 明らかにあんたは私の”悲しみ組”だよ

2008年3月9日日曜日

先手

 私の女房は、私が朝 電灯を着けようとすると、点灯する前に
「まぶしっ!」と言って 布団をかぶります。
 私の女房は、私の足を踏んでおきながら 「イテッ!」と言います。
 私の女房は、私がトイレに入ろうとすると 「臭っ!」と言います。

2008年3月2日日曜日

朝風呂

 今日は久しぶりのOFFの日曜です。女房と『〇入』の湯で朝風呂です。
( 鍵カッコの文字が読めた人はコメントに読みを御記入ください )
 
 車で出かけました。風呂屋の駐車場に、同じ色・形の車があったので
その隣に停めました。 『女房だったら、絶対に間違えるだろうとなぁ』と
思いながら

 玄関を入り、下足箱へ。  鍵をかけるのに百円がいるんです。
(帰りに戻ってきますが)  しかし、百円が要るとなると、二人の靴を
いっしょに入れたくなるのは何故だろう。 郵便代が値上がりする前に
切手の買いだめをするようなものだ。 何の得にもならない。
 靴を入れようと、鍵の着いている箱を開くと結構先客の靴がある。
何故だろう? 百円が勿体無いとでも言うのだろうか。 それとも小銭を
持つ人が少ないと言う事か。

 中に入り、販売機で入浴チケットを買う。 女房に任したから、やはり
二人分一度に買う操作を間違えた。 (今日は朝一だから見逃した)
しかし、機械が二台あるのに、後ろの人達は我々のもたつきを我慢して
待っていた。 何故だろう?

 風呂から出る時間を打ち合わせて、男風呂へ。 ここのロッカーも
百円が要る。 しかし、さすがに鍵をかけずに服を入れる人は少ない。
裸になって風呂へ。 入り口脇の体重計に乗る。 数字を見てとっさに
飛び降りる。 誰も見ていないけれど

 掛け湯をして、日替わり湯の所へ行く。 ビニールの『アヒル』が20も
30も浮いている。 今日は『アヒル湯』の様だ。 お子ちゃまでは無いので
泡風呂にした。

 次に、スチームサウナに入る。 乾燥サウナでは無く、スチームなので
ノドにやさしい。 中は湯煙で暗い。 蒸気が肌に着き、体はすぐに濡れる。
汗をかいた様になる。初体験時、汗をかいた気になっていたのは事実だ。
格好悪うー

 日本の風呂では、男風呂に掃除点検のために女性従業員が平気で
入ってくる。 外国人がビックリする風習だ。 しかし、露出狂にとって、
唯一警察に捕まらずに、『実行』出来るチャンスだ。 話は変わるが、
『蘇民祭』に『その気』のある男が紛れ込んで『満足』していると言う噂を
聞いた事がある。 気色悪うー

 体を洗ってそろそろ出る時間だ。 足湯をしようと『アヒル湯』へ。
「たくさんあるなー」と言うわけで、中に入り、数える事にした。
「ひとーつ、ふたーつ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」50近くあった。 
お陰で体が暖まった。 しかし、汗がナカナカひかず、待ち合わせ時間に
遅れた。 女房の濡れた髪が芯まで冷えてはいなかったが、『水運び』を
してあげた。
 
 

2008年2月14日木曜日

働き過ぎ?

 先にお話したように、母親が元気なので店番をしています。
お陰で、女房と私は手分けして仕事に出かけられます。 
 女房は灯油の配達担当で、ミニローリーに乗っています。
私はガスと住設担当です。 冬になると灯油の配達が増えます。
女房が忙しい時、私は手伝います。 勿論私の機嫌の良い時ですが。
機嫌が悪い時(大概女房が原因)手伝いません。
 何年か前、女房が忙しそうにしていましたが、手伝いませんでした。
たまたまミニローリーが店にある時、お客さんが灯油を買いに来たので、
私がローリーからポリ缶に油を入れました。 その時、ミニローリーの
給油ノズルを久しぶりに見た。 なんと、カバーに穴が開いており、
中の金属も擦り減っている事に気が付いた。

『あぁ こんなに成るほど忙しかったのか、悪いことしたなぁ』 と思い
チョックラ手伝いせんなんかなぁ と思い、「ローリーのノズルやけど・・」 
と話しかけると 、

明るい声で 「あぁ あれ 引きずって走ってん」 と女房は答えた。

『なぁにぃい!!  《危》マークを付けたローリーが  \(*0*)/
灯油を積んだローリーが  \(*0*)/ 一般道をホースをたらして
火花を散らして走っとったぁ?   大体おまえは・・・・・・・・・』

 あとは以前紹介したように ドンパチ  トテチテタ  です

2008年2月9日土曜日

コードレス電話

 皮肉なもので仕事って重なりますよね。この連休ヤット休めそうです。
だから久しぶりのブログです。

 私の母親は今年79歳です。 元気です。  電話の時やたら元気です。
姉と電話をしていて、意味が通じないと 「なもいねー」 とやたらと
デカイ声を出します。
 電話器は茶の間のテレビの横にあります。 母は電話を使う時、
『コードレス電話』なのに、電話器の場所で話さなければなら無い様に
テレビの横で やたらデカイ声で話しています。
 家族がテレビを見ていてもかまわず、やたらデカイ声で話します。
居眠りをしていてもかまわず、頭上でやたらデカイ声で話します。
テレビが聞えないのでボリュウムを上げると、負けないデカイ声で話します。
 イジワルで邪魔している訳では無いのは分かるけど、迷惑です。
最近やっと、電話本体と受話器が離れても話が出来ることに気づいたのか
隣りの部屋に行って話すことがあります。 しかし、茶の間に聞えるほどの
やたらデカイ声で話しています。 

2008年1月27日日曜日

国旗

 今日27日は国旗制定記念日です。日本の国旗である日の丸は、
裏であろうが逆さまであろうが同じに見えます。 屋外になびいている
旗ならば、裏表は関係ないと思いますが、屋内の壁に掲揚する時は
気を付けなければなりません。
 国旗は、大概左手に掲揚ポールがあるとして、左側からの風になび
いている形が正式図柄になる様に飾ります。 従ってその時の上部が
↑となります。 旗の左側には掲揚の為の紐や穴が開いています。
旗の繊維がほどけないようにおりかえしがあります。その折り返しが
見える側が裏です。 しかし日の丸の様な旗の話です。
 アメリカやオーストラリアの様に左上に四角く母国?(占領国?)
のマークがある国旗は、縦に吊るす掲揚の場合、裏にします。
つまり、四角い「カントン」があくまで左上に来るように掲げます。

 小生、相撲連盟にて、箒・水桶・柄杓などの備品とともに、
国旗と連盟旗を責任を持って試合にお持ちする係りをしています。
『総務委員長』がちゃんといるので、私は『雑務委員長』です。
そこでちょっと自分なりに研究してみた次第です。
中学生や高校生に掲揚係りを任すと、国歌終了にあわせて掲揚を
済まそうとして、掲揚の動きが止まったり、急にスルスルッと揚げたり
みっともないです。 私の掲揚のコツは、少し早めに揚げるつもりで
同じ速度で揚げます。 揚がりきった国旗を眺めて国歌を歌うのも
いいもんですよ。
 大会終了の時の国旗降納の時は、降ろした国旗が地に着かない様
気を付けるべきです。旗を肩に乗せて、紐を解けばよいと思います。

 日本国旗は、裏表・上下違ってもちゃんと日の丸に見える。
これは日本国民のこだわりの無さを象徴していると思います。
悪い方でなく良い方に作用する事を祈ります。

2008年1月21日月曜日

討ち入り

 今日は旧暦で言うと12月14日、赤穂浪士の討ち入りの日である。
昨年一分間スピーチなるもので話をしたんです。 トチらないようにと
前夜紙に書いて用意をしました。しかし、読むのがヘタで話が途中で
終わってしまったんです。  そこで今日はここで話たいと思います。
 御存知、浅野内匠頭が松の廊下で吉良上野介を切りつける。
何があろうと、殿中で刀を抜く事は御法度。 切腹と相成る。
しかし、納まらないのは赤穂の家来。 大石内蔵助が、世間を欺いて
討ち入りを成功させる。  そして エイエイオー (よくあるドラマ)
 私が話したかったのは、もし大石が失敗したら と言う話です。
浅野の殿様の事件が起きて間も無く、赤穂藩で公金横領事件が発覚。
犯人は、大石と同じ年寄りの大野九郎兵衛。 即刻所払いになる。
後に、『宇都宮』に隠れ住んだ形跡がある。 
 さて、もし大石が討ち入りに失敗したら、吉良は生き延びる。
そして隠居生活になる。 隠居先は、息子の養子先である、山形は
米沢藩の上杉家と決まっていた。 吉良が隠居をするために山形へ。
そのために、奥州街道は『宇都宮』を通ることになる。 そこで大野の出番
 策士の大石が、赤穂藩が御取り潰しになる前に軍資金を大野に渡し
自分がしくじった後事を託したと考えられるのでは無いか。
世間に 「討ち入りなんてしないよ」 と世間に思わせておいて、実行。
それどころか、世間が 「仇討ちをどうする」 と騒ぐ前に、大石は
「もし失敗した時は」 まで考えていた。 大変な策士である。
 と言う話です。 あーすっきりした

2008年1月19日土曜日

なんでもない風景

 今日も一日寒いけどいい天気でしたね。 朝早く一件の仕事を済ませ、
店に戻ろうと路地から大通りへ。 土曜の朝9時とあって、大通りに車は
無い。信号待ちで、道路の向こう、右斜め前のコンビニをボーと見ていた。
 コンビニ前の歩道を右から左へ四十前の女性が歩いてきた。
『コンビニに入るのかな』と見ていたら、通りすぎて前方まで来た。
その歩道を左から右へジョギングの四十男がやって来た。 
女性と男性はすれ違った。 その途端、女性が男性に声を掛けた。 
どうやら知り合いだったらしく、男性が帽子をかぶっていたので
目の前まで来るまで気がつかなかったようだ。
 にこやかに二人は挨拶を交わし、話し込んでいる。 
しかし男性はジョギングの途中なので、両足を休めることなく交互に足踏み
している。 ふと見ると、なぜか女性の両足も交互に足踏みしていた。
実際 『好意的な話し相手の仕草を知らぬ間に真似る』 ことがあるそうだ。
相手が腕組をしたら自分もしていたとか、頭を掻いたら掻いていたとか。
 ともかく話が終わって二人は別れた。  コント的には男性が右方向へ
歩いて行き、女性が左方向へジョギングして行くと最高に面白いのだが

2008年1月16日水曜日

左義長

 1月15日は左義長の日である。しかし6年程前に成人式の祝日を第二
月曜日としたことから、最近世間では左義長の開催日問題が起きている。
 15日が祝日だった頃、世間の人は、第二の正月気分でお飾りを持って
おいおい神社に集まってきた。しかし15日が平日となった場合、のんびりと
している訳には行かない。そこで、日曜か成人の日に左義長を開催する
親切な神社が現れた。 神社庁や保守派?の方は15日を守っている。
我が氏神の宮司さんも15日派であり、私も15日派である。
 去年、宮司さんに質問してみた。 「当然15日や」との説明で、イマイチ
説得力が無かった。  そこで調べてみました。 『平安の宮中で、15日に
陰陽師により行われた厄払いである』 とあった。 しかし、納得できない。
何故陰陽師は15日に執り行ったのかと言うことである。
 私には推理があります。 そもそも過去の暦と言うものは太陰暦により、
一日(ついたち)は毎月新月から始まる事になっていた。月の満ち欠けの
リズムが、人間のリズムに影響している。特に女性の体がそうである。
新月の日に新年が明け、最初の満月の15日を一つの区切りとする事が
儀式の日になったと思われる。15日満月当日と言うより、15日満月を
迎える14日の夜と考えられる節もある。 まだ研究の余地がある。
 しかし、15日説をお宮さんに伝えても、現在の1月1日自体が新暦で、
新月とは限らない所に弱みがある。 因みに今年の旧正月は2月7日です。
年によって日が変わります。多くの人が 「2月1日やから今日が旧正月」 
と思っているのが残念です。  昔からの起こり由来をなんぞげににしている
事が残念です。
 お飾りを焼く儀式が、氏子さんの出勤の都合で『ごみ焼却の日』感覚の
選択になりかねないと心配しています。

2008年1月12日土曜日

新年会のあいさつ

 年が明けると新年会の季節です。現在ひとつしかこなしていませんが、
来週から一ヶ月間、結構な数があります。
 先週の相撲の新年会でいい話を聞いたので、チョットご披露を
乾杯の音頭の時、連盟在籍で地元のチョットした企業の元社長が壇上へ
「高校時代に、近江町の○○商店の方が相撲道場を造り、さらに私達にも
稽古をつけてくれた。 何かとお世話を頂いた。 その先輩から 
『先輩に負けてもちっとも恥ずかしく無い。先輩に勝つより自分に勝て』
と教わった。昨日の自分より今日の自分、そして明日の自分。日々進化
進歩しなくてはならない」 と  その元社長はその言葉を守ったのだろう。
いい言葉だ。青春時代が遥か昔の小生にも大事にしたい言葉でもあるし、
機会があれば、後輩に伝えたい言葉でもある。
 さらにその元社長が社員に言った言葉として 
『 知恵の無い者は汗を出せ  汗を出さない者は知恵を出せ  
 知恵も汗も出さない者は辞表を出せ 』
まことに簡潔で身の引き締まるお言葉です  合掌

2008年1月5日土曜日

仕事始め

 本日5日は仕事初めです。 とは言え、お客さんのところへは所要で数件
お邪魔した程度で、本日は問屋さんをお迎えすることがメインです。
 しかし、なぜか来社が少なく、もう問屋さんにも見放されたって感じ・・・・
いやいや、土曜日なので問屋さんが遠慮した と  一人  思っています。
 と言うわけで、夕刻5時に店じまい。 最近凝ってるスーパー銭湯へ
最近時々アッチコッチの銭湯へ行きます。 我が家の風呂はタイル仕上げの
浴室で寒くて狭いんです。 ある時、広くて暖かい銭湯に行き始めて以来
凝りだした次第です。
 お客さんには 『いいよー』 と ユニットバスを売りつけておきながら、
我が家は給湯配管の修理以外、いまだにずっと改装した事がありません。 
 大変な企業秘密です。    あっ ばれたか 

2008年1月3日木曜日

三が日

 新年明け明け明けましておめでとうございます
今日はもう三日です。 もう奈良漬状態です。
年末の宿題  「来年の方針」  ウーーーーーーーン
あっそうか 来年までに考えればいいんだ
 脳みそ まさに 奈良漬状態