2007年9月29日土曜日

制限時間

 時津風部屋の力士が殺された!これに比べれば、二タ月に渡る
朝青龍問題は可愛らしいもんだ。
 28日、文科省の大臣と副大臣が相撲協会へ指導に行った。
テレビの映像を見る限り、渡海大臣が北の湖理事長に謝罪しているとしか
見えない。北の湖のお腹が邪魔で頭が下げられないのか、はたまた
渡海さんの腰が低すぎるのか。
 死因はともかく、相撲には『塵浄水』と言う独特の挨拶がある。
『武器を持たず、正々堂々と戦います』と言う表現である。
いくら素行が悪いとは言え、ビール瓶や角材で叩くなんてとんでもない。
 今の角界は悪しき風習のみはびこり、世間の感覚に合わせた改革を
無視しているようだ。ぬるま湯に浸かった生活をしている。しかし、
その事が自分の首を絞めて、協会が消滅し、生活が出来なくなる事に
繋がるでしょう。
 300年に渡る大相撲の歴史は、時代に合わせた改革で発展・維持を
して来た。(詳しくはおいおいと)  今こそ久しぶりの英断をすべきです。

2007年9月27日木曜日

蜂の巣partⅣ

 おっと忘れていました。今年の話です。昔の話は覚えているが、
最近の話は忘れる昨今です。
 解体するアパートへメーター器の回収に行きました。最後の一個を
外そうとすると、チクチクと手に痛みが。ウンと見ると、軍手の上に蜂が。
思わず払ってよく見ると、メータ器の裏の配管に蜂の巣があった。
 メータは半分ぶら下がったままだ。まだ期限があり、使えるメータだ。
勿体無い。使わなくては損だ。まず外さなくては。
巣の除去をと思って1m半のガス管で落とすことにした。
辺りを飛ぶ蜂に気をつけてエイッと叩き落した。次の瞬間又手を刺された。
手ごわい蜂だった。諦めて帰ったが、後日勿体無くって回収に行った。
蜂はいなくなった。そしてアパートもいなくなった。

2007年9月25日火曜日

秋の夜長

 私の女房はビールが好きです。「飲むか?」と言うと、
「おぉ!飲もう飲もう」と即賛成し、超機嫌がいいです。
 でも、私がチョット怒ると即怒り返します。私が怒るということは、
女房が悪いと思うから怒るのですが、なぜか女房も怒ります。
私は女房が悪いと思うから怒っているのに・・・ 私は理解できません。
 女房が怒るとき「何や?!」と言って、首をかたげ、口を尖らせます。
まるで『ひょっとこ』です。『おかめ』が『ひょっとこ』に変わる瞬間です。
 私が怒っているのに怒り返されると更に腹が立ちます。
だから、立腹の原因が些細な事でも、とても長引きます。
歳とともに、仲直りまでの期間がだんだん長くなっています。
 いつも私が折れます。結局女房は、なぜ叱られたか理解しないまま、
しかも謝るけじめもつけず、うやむやで終わります。
 しばらくすると、決着をつけてないないので些細な事で、また立腹します。
私が怒るとなぜか女房が怒ります。私は女房が悪・・・・・・・・・・・・・

2007年9月23日日曜日

蜂の巣partⅢ

 蜂って仕返しするの知ってますか。
ある郊外の川べりの喫茶店にボンベ交換に行きました。
メータ器のところに小さな蜂の巣が。小ぶりの蜂でした。
巣が大きくなっては困ると、落としました。
 数週間後、関西の方へ大学時代の同級生と一泊旅行へ。
すっかりリフレッシュして、列車にて帰宅中、家から携帯に電話が。
その喫茶店のガスが出ないと言ってきた。現在地福井との県境。
あせりました。金沢駅に着いて、とりあえず喫茶店へ。
 ガスは十分あるし、メータ器も壊れていない。
なのにガス圧が下がっている。調整器を交換しなければいけないか。
店に帰ろうとして、ふと思いついた。調整器の空気穴が詰まっていると
ガス圧がさがるはずだ。針ほどの小さな穴です。その穴を見ると、
なんと土が詰まっていた。 「やられたーっ」 穴を掃除するとガス圧が
上がった。まわりを蜂があざ笑うように飛んでいた。
「すいません火使えますよぅ」「ありがとうぅ」逆に礼を言われてしまった。
家に帰る時、再生された小さな蜂の巣は除去させていただきました。
 私は『さるかに合戦』のさるか!蜂にいじめられた!!

2007年9月21日金曜日

蜂の巣partⅡ

 当社は小さいくせに自家配送の他、3社の配送センターを利用している。
3社目はある縁で、どうしても取引をと言うことで契約しました。
 自家配送の一部を出しました。その中に一番大変なお客さんがあります。
40kgを担いで坂道を100歩歩いて、とどめの階段10段上がって交換する
御宅です。当初委託以外でした。しかし営業マンがもう少し出してと言うから
そこを委託配送に出したんです。でもそれ以来私体が楽です。
 去年の今頃、第3の配送センターから電話があった。「スズメ蜂の巣が
あって交換できません」 エッ!昨日私はメータ検針に行ったが気が着かな
かった。即見に行った。確かにあった。ボンベの真上に立派な巣があった。
ただ大屋根の軒先だった。頭上4m「どこが怖い」「じゃ玄関先まで運ばせ
ますから、あと社長交換して」と言うではないか。
「男が腐ったこと言うな、毎年1件ガス切れ起こすくせに」・・・
 センターの営業マンがやってきた。「いやなら置けば」と強気で言う
「有難うございます」 と予期せぬ答え。
ゲッ!!!! ナマクラを覚えた私はさっそく次の配送センターに電話した。
場所言ったらしぶった。最後のセンターに電話した。場所言ったらしぶった。
 結局あれから私、息を切らして配送しています。昨年11月ごろ蜂はいなく
なった。いま空巣はカラスにつつかれたのか、一部欠けている。息を切らして
見上げると、まるで口を開けて笑っているようだ。   短気は損気
   『水もれ日記』ならぬ『ため息もれ日記』でした。

2007年9月19日水曜日

蜂の巣

 昨日山方面へプロパンガスの交換に行きました。
ある家でボンベを外したら、なにやらくっついていた。
よく見ると、両手で包めるほどの蜂の巣だった。
その巣の周りにはぎっしり蜂がくっついていました。
「もう昼だというのにまだ寝ているわ」うとい蜂の種のようで、
じっとしていました。しかし新しいボンベを着けたら、これを
トラックに載せなければならない。いくらなんでも蜂が暴れだすであろう。
お客さん宅にお婆ちゃんがいた。聞くと「ああ払いのければいい」と言う。
「じゃあ奥さん、家の中に入っといて」と言って、棒で巣を落とすことにした。
 御身大事。まず避難先のトラックを離らかし、帽子つき雨合羽にゴム手袋装着。
その装備の色はなぜか鮮やかスカイブルー。『ドラえもん状態』で蜂退治。
エイッと一撃。 即 必死でトラックへ。以前の経験からして、やはりうとい
種類だ。私を追いかけてきたはずの蜂が、追い越していった。
又あれだけの数がほとんどが見当たらなく、数匹が仰向けで失神していた。
ちょっと拍子抜け。だから数分も経たないのに、ボンベが回収できた。
 蜂に関する話は他にもあります。こんな生易しいものではありません。
しばらくシリーズでお伝えしたいと思います。では!

2007年9月17日月曜日

同窓会幹事

 最近中学校の同窓会幹事として、企画を進めています。
元3年6組のクラス会です。元々定期的に学年全体の同窓会が
あったのですが、2年前中止になってそのままです。
 いつも出てこなかったK君が、「クラス会やろうよ、手伝いしてよ」
とうるさく言ってきたので、協力することにしました。
幹事ともなると、名簿の住所・電話番号が空欄の存在が気にかかります。
 一参加者なら「ああ連絡つかないのね」で済ましていたが、幹事ともなると
「よーし探そう」と言う気になるのが人情のようで、 過去の出来事を元に
探す事にしました。 K君に「昔新聞でH君がかるたチャンピオンの記事に
なったのを見た事がある」と話したところ、次回の幹事会のとき、K君は
「パソコンでH君の名前とかるたで検索したらあるかるた会にいるようだ。
調べてみれば」と言った。その先を調査しろとの指示だ。
  K おまえは丹波哲郎か!  そこまで調べたのなら、最後までやれ!
しぶしぶ引き受けた私は検索しました。その会のメールアドレスがあった。
思い切って尋ね人のメールをした。 親切にその会から返信があり、
本人かどうか確認するからもう少し詳しく事情を教えてくれと言う事なので、
同窓会企画を述べH君との繋がりを伝えた。  やはりH君本人らしく、
その会の世話人の方からH君の電話番号が送られてきた。 
私のコトは覚えていないらしいとの事でしたが、まず電話しました。
 H君は、やはり私の記憶が無く他に「同級生に誰がいたっけ」と言うので、
何人か名前をあげたところ、「ああ付属行った奴ね。 ああ医者の息子ね。
 ああお寺の。ああいたいた。」と次々答えた。でも最後まで私のコトは
「うーん?なんか記憶に出てきそうな・・」と言った。高校も同じだったのに
 いいんだ、いいんだ。 こんどH君、クラス会に参加するみたいだから。
 いいんだ、いいんだ。 そこで私が司会するから。
         『絶対マイク越しにいじってやる!』

2007年9月14日金曜日

おちょこちょい

 水もれ日記を始めて、一ヵ月半。最近間が空いていましたが、理由は
次女です。論文とやらにこのパソコンを使っていたので、ブログが出来ま
せんでした。
 その次女も、先週土曜に大阪に行き、今日関空からイギリスへ留学に
旅立ちました。去年お盆の頃アメリカへ留学し、一旦帰国し、又留学です。
 夕刻関空に着いたと連絡がありました。無事一人で支度出来た様です。
その後、出発時刻が済んだのに電話がありません。よかった!!無事に
飛行機に乗れたと言うことです。 二度目の留学なのに何ゆえこんなに
心配するのか。それは次女がおっちょこちょいだからです。
おそらくウチのサザエさん(女房)に似たからだと思います。
 私が「水もれ日記」なら、女房は「水もれもれ日記」だと思います。
その理由   我が家の台所の流し台の横に、足でフタを開けるゴミ箱
(主に紙くず用)と、バケツ状のフタ無しゴミ箱(主にビニール系用)があります。
女房はこの前、足で紙くず用のゴミ箱のフタを開けて、ビニール系のゴミを
隣りのフタ無しゴミ箱へ捨てていた。  なんのこっちゃ
 このことを三女に話したら「この前流し水槽の生ゴミ入れに、コンコンと
生卵を割って中身を捨てていた。あれ?卵腐っとった?」と聞いたら、
「あっ間違えた!」と答えたそうな。
 我が家の『水もれ日記』でした。

2007年9月13日木曜日

空襲

 我が家のこいさんは、管理栄養士を目指しており、8月の実習で自衛隊の
食堂に何日かお邪魔していました。その縁か、9月8日の金沢駐屯地の
創立記念を見に行ったそうです。帰って来て、「大砲を撃ったら見ていた
子供が泣いたとか、戦車が速く走るの知ってびっくりした」とご満悦でした。
 そう言えば、私は昨年前駐屯地指令の山之上氏の講話を聞いたことを
思い出した。その中で、『責任感と恐怖感は反比例する』と話していた。
 私の父は大正生まれ。学校を出て、当時の大企業『陸軍』に就職をした。
余程居心地が良かったらしく、御幼少の私は晩酌のたんびに『昔話し』を
聴かされた。(と言うことは、前線に出て人を殺していないということです)
 父は内地での教練のあと、満州にいました。運よく終戦一年前に、大阪
の軍需工場の監督官として赴任。ある時、本部の上司に用があり面会に
行ったところ、大阪の空襲が始まったそうな。ヒュルルル ドカーン ドカン
父はとっさに物に隠れたそうな。ふと上官を見ると、立派な机脇の椅子に
微動だにせず、凛として座っていたそうです。子供心に「それって腰が抜け
たんじゃないの」と思った事もあったけど、昨年の前指令の言葉を聴いて、
「ああその上官は大変立派だった」と改めて納得した次第です。
統率する上官が取り乱しては指揮に関わる、と言ったところか。
 しかし、物陰に隠れたわが父の遺伝子を受け継いだ私は一体なんだ。
「責任感と恐怖感は正比例する」と言ったところか。
 

2007年9月11日火曜日

ショック

 我が家には、運転免許所持者が4名います。車は6台あります。
仕事用トラックが4台ともったいない限りです。中で、幌つきの軽トラ
(工事用)は4年間大事に乗り、ワックスもバッチリでかけて、仕事にも
会議にも、相撲大会にも愛用していましたが、ぶつけてしまいました。
 まぁ無理に横切ったせいですが、相手がおじいさんで、真っ直ぐ前を見て
ハンドルを握っていても、目の前を通る車に気づくのが遅いと言う年寄りの
『特権』でぶつかってきました。しかしおじいさんにとっては突然前に来たと、
病院に来た年寄りとは思えないほど元気に「警察を呼べ、どっちが悪いか
見てもらう」といきまいていました。
 雨が降っていました。私が愛車の中で警察や保険会社に電話をしている
ときも、相手は傘も差さず立っていました。愛車の中に傘が無かったので、
女房に電話をして、傘を2本持ってきてもらいました。家の近くなのですぐ
来ました。しかし接触事故と言ってあったので、此の世のものとは言えない
こわい顔をしてやって来ました。おじいさんに傘を貸してあげ、病院の予約
時間が過ぎていることを詫びました。しかしあくまで、私が被害者で損害も
相手より大きいと思っています。でもそれとこれとは別。
 警察が来ても、どっちが悪いとは判断せず、事故発生の証明書を書く
だけで、互いの保険屋が話し合いをして決める。来年から保険料があがり、
免許証も金がもらえなくなり、免許更新時間が長くなるなどお話しました。
 おじいさんの態度も軟化して、互いに直そうと言い出した。来た警察に
帰ってもらった。近所の車屋さんに見積をしてもらったところ、愛車が5万、
相手の車はワックスがけ(私の判断)。警察を返したのに、おじいさんは
愛車の金額を聞いた途端、「わしのバンパーは替えてもらわんなん」と
言い出した。今更と思い「お互い自分の車を直すことにして、何も無った
ことにしましょ」と提案した。結局当てられ損になった。ただ、敵が1人増え
そこなった、と言うことでよかったとしよう!
 教訓『年寄りの車と街宣車には近づかないこと』