2007年12月31日月曜日

大晦日

 本年ブログを開設致しましたるところ、 賑々しく? 御購読頂きまして
感謝申し上げます。
 やっと年内の仕事も終わり、鏡餅や神棚のお供えを済ませました。
今朝の吹雪の中、お宮さんへガスの配達に行きました。ここでは毎年
参拝者に熱いお茶や甘酒を振舞っています。そのためのガスです。
宮司さんを見つけたので 「(悪天候の中)やっぱり初詣やるんですか?」
と聞いた。  新年はお宮さんにとって大事なかきいれどきです。 
天候が左右します。 同情の気持ちを込めた私のジョークでした。
 『やるわいやー』と言う答えを期待していたのですが、なんと 「検討中や」
と言う返事が返って来た。  おもしろい宮司さんである。
 宮司さんが少年相撲団の団長で、私が指導員と言う馴れ初めがある。
神事の時は超カッコイイし、酒席では場を盛り上げる天才である。
「これをやると参拝者が減る」 と言いながら我々を楽しませてくれる。
娘さんの飲み会の席に顔を出そうものなら、とても喜ばれ盛り上がるそうだ。
超真面目から超不真面目までを軽くこなす不思議な人です。
 
 

2007年12月27日木曜日

すきま風

 今朝は氷点下でした。前日からとても寒かったのですが、飛騨から来た
人に「今日は暖かいですね」と言われた。 そうか、自分だけの判断が全て
正しいとは言えない。いくら南から来たとは言え飛騨は山である。
計り知れないくらいとても寒いのだろう。
 我が寝室の引き戸はサッシのガラス戸である。茶の間へもトイレへも
このガラス戸を 『ガラガラッ』 と開けて廊下に出る。 夜中に開けると結構
やかましいんです。 我が女房、夜中にトイレに立つ時、戸をそっと開ける
『コロコロコロ』  優しいでしょ  片足を廊下に出し、もう片方を出そうとする
その瞬間  『ガシャーン』 と戸を蹴飛ばします。  「うるさい!」 「ゴメン」
(なぜかこの時だけは素直に謝ります)
 そう言えば新婚の頃、よく布団を首まで掛けてくれた。 優しいでしょ
でも次の瞬間 手がすべり 『ガーン』と鼻を殴られるんです。
 そう言えば最近布団を掛けてくれないなぁ  まあ殴られないからいいけど

2007年12月24日月曜日

挨拶

 我がお店の近くに施設がある。重度の脳障害の人たちが数人通っている。
その中に軽度の障害の青年がいる。重度の仲間が出て行かないように、又
散歩の時は手を引いたりして世話をしている。 
 青年は、毎日朝晩我が店の前を通る。私と彼は出会うと挨拶をする。 
ある時その青年の母親が「いつもあの子に挨拶して下さってありがとう」と
言ってくれた。  恥ずかしい限りである。  なぜなら最初の挨拶は青年の
方からしたのである。 
 私はその施設に時々仕事に行く。 彼は私を「仕事に来る人」だと判って
挨拶したのだろう。 しかし私は、毎日通る彼を施設の青年だと先に認識
していたのだから、性質が悪い。
 彼は母親と二人暮らしである。先月のある夜、彼から店に電話がかかって
来た。女房が出た。後で話を聞くと「部屋に帰ったら食べ物が置いてあった。
もしかして御宅ですか」と言う内容であった。  どうも母親が入院して一人
暮らしをしてるみたいだ。 食べ物を置いたのは、施設の先生らしが
「パンばっかりや」と言っていたそうな。 女房も「何か食べ物を持って行って
あげようか。でもでしゃばってもいけないし・・・」
 電話で「何かあったら又電話しまっし」と言ったのが余程嬉しかったのか、
「奥さんいますか」と時々電話がある。この前も「灯油のポンプを挿したビンに
灯油が溜まって怖いから見て欲しい」と言ってきた。 女房が行き、持参した
古タオルに油を浸み込ませ処分した。 「タオルが欲しい」と青年が言った。
女房は「あら、これ私が持ってきた古タオルやよ」と言ったところ、
「お母さんの病院のタオルが汚れているから、新しいのが欲しい」だって。
親思いの青年だ!  粗品タオルをプレゼントして帰ってきた。 
 その夜、入院中の母親から「タオルありがとう」と電話がかかってきた。
  律儀な青年だ!

2007年12月18日火曜日

見立て違い

 私は高校時代相撲部に入った。 ハガネ ではなく ハリガネ の体でだ。
まわりの人は、10人中9.5人が信じなかった。10人中9人が「ウソ!」と
言った。もう1人は「へェー そうなんだ」と言って、腹の中で『ウソだろう』と
疑っていたから、10人中9.5人と言う数字になる。
 実はマネジャーとして誘われたのだが、元々入部希望であったので、
皆とまわしをつけて稽古した。試合にも出たことがある。その試合結果は
今回の話題に関係ないので、残念だがカットします。
 一年下に後輩部員が2名いた。一学期からその2人は乗り気でなく、
夏休みに入ると来なくなった。夏休み中、私は2人の家に赴き「出てこいや」
と言うのが仕事でした。 その内の1人K君とは、卒業以来35年程会って
いなかった。 私にすれば、K君はクラブ活動を途中で辞めた『落ちこぼれ』
であった。しかし、マネジャーとして気にはしていた。「今頃どうしているかな
きっとろくな生き方していないだろうな」・・・・

 2年前、私は高校の同級生であるN君からセミナーに誘われた。 
そこで後輩Kを見つけた。 そしてその後のK君の人生を知ることになる。
 K君には永年行っているボランティアがある。 多くの 「有志の経営者が
集う会」 がそのボランティアに協力をすることになった。  
 私が気にしていたK君は、 『心』 で人を動かせる人間になっていた。
私の見立て違いであった。  反省しきりである。

 そう言えば、高校の修学旅行の時、バスの後部から 「ウイスキー」 を
まわしてくれた親切なN君も、今やその会の雲の上の人である。

2007年12月16日日曜日

ちょっと一言いいですか

 土曜に同窓会幹事として、会計報告兼ご苦労さん会をしました。
同窓会当日、乾杯を本来の幹事でありながら、活動にお誘いしなかった
『女性校長』にお願いしてありました。受付で「私ただのヒラ教員よー」
と言った。『校長』はガサネタだったのか。    イヤイヤ     
 ご苦労さん会で女性幹事は、「あれは当日出席の恩師に対する遠慮よ」
と言った。つまり恩師には教頭になったはずがなれなかった事情があった。
それは私も知っている。だがそのことに関し、優等生だった女史は気遣い
「ヒラよー」と言ったのだとか。
 よかった、司会で劣等生の私は危うく『先生を越しちゃいましたー』と
紹介しようと思っていたんですから。言っていたら私、永久追放だったろう。

 この夏あたりから町内の床屋さんは毎朝店先で自己流体操をしている。
私が自分の店のシャッターを開けると必ず体操をしている。
 シコも踏んでいた。『上体が前倒しじゃーだめだ、腰を割ったとき上体は
地面に垂直でなければいけない。今度散髪に行った時教えてやろう!』
すかさず女房は「あんた一言余計なのよ」とたしなめられた。

 毎朝のように民放番組にコメンテーターとして出ている作家のYさん。
必ずテロップに『気がつけば騎手の女房で大宅賞受賞』といつまでも
書いてある。  気がつけば離婚しているはずだが・・・・
  
 王監督の次女が婚約発表!!  離婚していたのは知っていたのだが
二度目の離婚だったとは。 「おおー!」と言うより 「ええー?」である。
父である王貞治は『私には娘しか居ません。娘が嫁に行けば王の姓を
名乗れなくなる、だからせめて下の名前にと「王」偏のついた「理」の字に
したんです』と言っていたことがある。
 三度目の正直も危うい(私でなくマスコミが言っている)  
せっかくの父の想いが通じるのだろうか

 「あんたはいつも一言余計なのよ」と言っている我が女房
「私にたいして一言足りないのよー」と時々発作を起こします。

 

2007年12月11日火曜日

何しにⅡ

 日曜朝、東京に着きました。受付まで3時間あります。うろうろと富岡八幡
成田山、両国に来て吉良邸・回向院・時津風部屋などをお参りしてきました
 大会は何とか土俵から落ちることなくすみました。(国技館の土俵は狭い、
丸い俵は全国共通だが、四角の一辺が狭い) 午後6時終了
 帰りは仲間と一緒です。『(ディズニーへ)いってきたー?』と言った大先輩
『今年(ディズニーへ)行かんがか?』と理解のある先輩と、引率の子供から
開放された後輩と私の4人で東京駅へと向かいました。新幹線に乗る前に
腹ごしらえです。 私は昨夜から皆と飲むのを楽しみにしていました。 
しかし大先輩のために まず、キリンビールの店を3人で探し回ります。 
サッポロの店しかなく我慢していただくことに。 カンパーーィ 私満足  
「サッポロもうまいな」と大先輩  なんじゃそりゃ
 満腹で店を出、新幹線に乗ろうとしたら、先輩と大先輩が弁当を買った。
「エッ!今店で食べたばかりなのに?」 「ご飯食べてない」 と二人
さすがお相撲さんたちだ  ビックリ
 越後湯沢ではくたかに乗り換えです。席は一番後ろの9号車の一番後ろ。
席に着くなり大先輩は「おいホームに水売っとったやろう、ぴゅーっと買って
来い」ですって  マジですか 車内放送はあと2分で発車と言っているのに
でも大先輩の命令は○○の命令、行こうと立ち上がったら先輩が止めた。 
私は座った  大先輩は「走って行って6号車に飛び乗れば間に合う」 
とまーだ言っている。
 そのうち発車! ホームに下りていたらどうなっていたのだろうか  
しばらくして車内販売のアナウンスが・・  やれやれ大先輩が落ち着いた。
3分後『そうだ、例え販売ワゴンが隣りの車両まで来ておろうが、そこまで
買いに行き、少しでも早く水を渡すのが先輩に対する忠義と言うもんだ!』 
と思った。
そこで買いに行くことにした。8号車7号車・・・・煙もうもうの喫煙車両をすぎ
2号車でヤットワゴンを見つけた。 水と自分のコーヒーを買って席に戻った。
大先輩に渡すと嬉しそうに飲んだ。 しかし2号車まで行ったとは思うまい。
『後でワゴンが回ってきた時はじめて、早く飲めたことが判るだろう』
ゴトゴト  おっ ワゴンが来た。私は寝てしまったようだ。 時計を見ると
1時間経っていた。 『どうです、私の行動は役立ったでしょ』と思いながら
隣りを見ると、大先輩は眠っていた・・・・    -_-
 まあいいんですけどぉ 今後「お前はどっちの味方や」と言う難しいーィ
組織に関する質問はもうしないでくださいね     タノンマス

2007年12月8日土曜日

何しに

 今夜、夜行で東京に行きます。全日本相撲選手権の主審を務めます。
この大会はアマチュア日本一を決める大会です。審判といえども名誉です。
 昨年は初めとあって、土曜の朝出発で、昼東京に着きました。ホームには
一緒の列車だったらしく、同じ石川代表の小学生の部出場の選手がいた。
引率の後輩に子供達のスケジュールを聞くと、○○部屋で稽古をする予定
だとか。  『エッ じゃぁディズニーランドへ行くのは自分だけか』 子供達を
誘おうと思っていたのに・・・(やっぱり大人ひとりじゃ格好悪いから)
 一昨年、福島の親戚の結婚式に参加して、帰りに独りでランドに行った。
昨年はそれ以来だった。子供が稽古で汗を流している間にオッサン独りで
ランドか  
 昨年の12月は『ホーンテッドマンション』がクリスマスバージョンだ。
しかし来園者の思いは同じらしく長蛇の列!列!列!
諦めて他のアトラクションにした。負け惜しみでは無いが一昨年の経験から
     『ホーンテッドマンション』は独りで入ってはいけないのだ!
 あれはアベックで入るものだ。  ご存知ベルトコンベアーのいすに乗って
館内を移動するのだが、鏡の前に来た時、いすに腰掛けたアベックの姿が
当然鏡に映る。  と次の瞬間、アベックの間に幽霊が現れて  
           キャァーッ!!
となる。  しかし、オッサンが独りいすに乗って鏡の前に来ると アレレ
幽霊の顔と私の顔が重なって、自分が幽霊になってシラケます。

 ああそれにしても今頃は、昨年同様 今朝出発した連中が いつもの
焼肉屋で楽しく呑んでいるんだろうなぁ。  いいなぁ公務員は
昨年一人の先輩は「(ランドへ)ひとりでいってきたぁ?!」と叫んだっけ。
それにしても、セミナーにも行かず何やっとるんだろう私は

2007年12月6日木曜日

利用も方便

 今朝、R法人会のモーニングセミナーのお世話に行きました。お陰で大変
よい講話を聴くことが出来ました(churin.exblog.jp)し、皆勤賞のお花と
会長の会社設立30周年記念のプレゼントを頂きました。
 で 4日前の日曜日の事でしたが、女房の失言につむじを曲げた私でした
ところが昨日逆にへたこいちゃいました。 立場が逆転したんです。(--)
女房に言った言葉がすべて還ってきちゃいました。  クワァ~ッ
セミナーから家に帰る時、おおコレコレと思った。 貰ったお花ポインセチア
に入っていた『皆勤賞』と書かれた紙にお引取り願って(説明書きはちゃんと
読みました。『ほう』と感心しました)、花だけ家の机の上に置きました。
まぁ皆勤賞が女房へのお詫びのしるしになっちゃったと言うところでしょうか。
そして会長からのプレゼントが皆勤賞になっちゃったというところでしょうか。
 お花を用意したTさん、そしてO会長ごめんなさい。  最近どんどん悪い
オヤジになって往くのが判ります。 反省! (私は猿か)

2007年12月2日日曜日

小学校の同窓会

 昨夜小学校の同窓会がありました。今度はお客さんです。5月に5年生の
同窓会があり、今回は6年生の会です。当時クラス換えは無かったので同じ
メンバーです。男1名女1名初参加でした。
 5月のときは一次会で帰りました。翌日高校相撲金沢大会だったからで
二日酔いで土俵に上がるわけにいかない。選手でなく(当然か)審判です。
昨夜一人の女子に「この前試合があるって帰ったから、翌日放送見たのよ」
と言われた。 「ああ丁度放送時間に土俵に上がっていたから映ったんや」と
答えたが、  「・・・・・・・・」  おいそれだけかよ、上手いとかカッコイイとか
何かコメントないのか・・・
 前回の会で周りの女子達から「金谷君、昔かわいかった」と言われた。
『なんで当時言ってくれないの! あっそうか!カッコよかったじゃないんだ』
小学校時代は、いわゆるペット扱いだったんだ。  -_-  ヤレヤレ 
熱い視線を感じたのは中三の時だった。  ^0^ 
 小学校時代から小柄で、週礼の時に廊下に並ぶといつも先頭だった。
二番目三番目になると、とても嬉しかった。友達から『カナチビ』と呼ばれた。
他に同姓の生徒が居ないのに何故か小さいカナヤで『カナチビ』だった。
 昨夜初参加の男子は、昔健康優良児のクラス代表になったM君だ。
向いで食べ物をこぼしながらしゃべりまくっているⅠ君もスポーツマンで、
当時クラスの意見で健康優良児候補になった。しかーし『面接や試験がある
のよ』の先生の念の入った一言でⅠ君は即却下されM君が選ばれた
と言う忌まわしい過去がある。 と言うことは、M君当時大きかったんです。
二次会に行くエレベータの中で、U君から「今日のMはお前より小さかった」と言われた。
驚きだ! 一次会は畳の間だったから気付かなんだー。 しまった!
「立ってお酌すればよかった!」 Mは中学へ行って成長が止まったらしい。
早熟だったらしい。晩生の私は中学で今の身長になり、逆転したみたいだ。
 気分がよくなった私は四次会まで行きました。 最近週に一度特別に
早く起きる日がありますが、その起きる時間頃に帰ってきました。
 バッカデスネーッ